お兄ちゃん、エイプリルフールゲームの時間ですよ?!


 机の上の、卓上カレンダーをめくる。3月は終了して、今日から4月。それだけで、気分が上向いてくるから、不思議だ。たった一日、跨いだだけなのに。


 ほんの少しだけ、開けた窓。風が吹き込んで、髪を揺らす。花粉症の母ちゃんには、これが許容の範囲。本当は、もう少し開け放ちたい気分になる。


(……そういえば、今日エイプリルフールじゃん)


 俺のベッドの下。布団を敷いて、まだあどけなく寝ている冬希兄ちゃんを見やりながら思う。昨日は日付を跨いでなお、みんなでゲームに熱中したのだ。春休みだからこそ、できる所業だった。


「良いこと思いついたっ」


 折角のエイプリルフールだ。ちょっとくらい、姉ちゃんにイタズラをしかけても笑って許される――ハズ。う、うん。多分、きっと。

 どんなイタズラを仕掛ける?


 ――兄ちゃんが、姉ちゃんと別れたいらしいよ?

 あ、これはダメだ。人を傷つけるウソは後味が悪すぎる。そもそも絶対に大惨事。その後きっと俺の命の保証がない。


 ――実は、翼のお腹には俺の子が……。

 イヤイヤイヤイヤ、何を言ってるの?! そういう対象で翼を見ていない。決して見ていない、いないから!

 変な想像をしたら、顔が熱くなった。


 ――冬希兄ちゃん、昨日、他の子と仲良くお話をしていて……。

 お? これは良いんじゃ無い!


 これなら、人を傷つけない。姉ちゃんが、多少のヤキモチを妬くのは、ご愛敬である。ただ、あながちウソでも無いのが悩みどころではあるのだけれど。


 兄ちゃんは自分では全く気付いていないのが、また悩みの種だ。そもそも上川冬希という人は、スペックが高すぎるのだ。


 元COLORSということは、置いておいて。こだわりのカフェオレどころか、その他の料理もそつなくこなす。姉ちゃんに作ったオムライスが失敗したのはご愛敬としても――。


(ま、これくらいのウソは良いよね)


 問題は、独占欲の強い姉ちゃんの反応が怖いってことくらいで。でも、とりあえず、その考えは押しのけて、俺は寝室を出て、特大のエイプルルフールゲームを仕掛けてやろうと、少しだけ鼻息を荒くしたのだった。




■■■




 リビングに降りたら。

 もう、すでに味噌汁の匂いが鼻腔をくすぐる。見れば、姉ちゃんと翼が、台所で二人揃って、朝食作りに勤しんでいた。


 料理は苦手という翼が、度々姉ちゃんに教えを請う姿を目の当たりにしているだけに、つい頬が緩んでしまう。


「あ、空。おはよう」


 姉ちゃんが、俺に気づいて小さく笑む。


「うん、おはよう。あ、そうそう姉ちゃん……」


 ここで、俺は特大のエイプリフールを放り投げてやることにして――。




「おはよう、


 翼に、そう囁かれた。


「へ?」


「もぅ、お兄ちゃん、どうしたの? マジマジ、私を見て。変なお兄ちゃん」


 クスッと笑う、翼にこっちがドギマギしてしまう。甘えたそうな眼差しで『お兄ちゃん』は反則だって思う。心臓がいくつあっても、足りない。


「あ、おはよう?」


 ココでようやく、冬希兄ちゃんが降りてきて、ほっと胸を撫で下ろした。

 すっかり、姉ちゃんと翼にペースを乱された気がする。でも、ここで俺が姉ちゃんに特大の爆弾を放り投げてや――。


「おはよう、お兄ちゃん」


 冬希兄ちゃんが俺を見て、にっこり微笑む。男の俺でも見惚れちゃうくらいに――なんだって?


「どうしたの、お兄ちゃん?」

「変なお兄ちゃん」


 冬希兄ちゃん、翼の容赦ないまるで悪意無い言葉が、俺にダメージを与えていく。妹願望なんて、無いと思っていたのに。でも、これはちょっとイイ……なんて、思ってないからね!


「ねぇ、冬君」

「ん? なに、お姉ちゃん?」


 お姉ちゃんと言われた瞬間、姉ちゃんの嬉しそうな表情といったら。あのさ、お願いだからそういうプレイはヨソでやってくれないだろうか。


「エイプリルフールって、午前中まで?」

「イギリスでは、そうらしいよ。午後には、ウソをついてごめんね、って笑い合うんだって」

「そっかぁ」


 姉ちゃんは、時計に視線を向けながら満面の笑みをこぼす。


「え……?」


 ウソでしょ。

 姉ちゃん、俺を見て。これでもかってくらい笑顔を咲かせてる。あの笑顔はイタズラを堪能している時の――悪い笑顔だった。


「お昼まで、たくさん時間あるね」


 にっこり笑って言う。

 それは言うなれば、このエイプリルフールゲームが、お昼まで続くことを意味するワケで。


「お兄ちゃん! ご飯、食べて落ち着いたらたら、一緒にお買い物に行きたいよ?」


 甘えるように、翼が肩を寄せてくる。

 いや、ちょっと待って。そうやって、覗きこまなくて良いし。耳元で囁かなくて良いから。し、し、心臓に悪すぎるから!





(……か、買い物? ウソでしょ?!)







 現在、7:30。

 このエイプリルフールゲーム。まだ当分、終わらない。

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