それぞれの夫婦の日


【夫婦の日 ケース1】




「はい、あなた。あーん」

「ん、今はちょっと、恥ずかしいんだけど、ゆ――」

「慣れない?」

「慣れないって、いうか。いつだって、ドキドキするって言うか……」

「それは、嬉しいかな?」

「じゃあ、今度は俺が」

「え?」

「だって、一方的にはズルいじゃん?」

「いや、私は、その――」

「恥ずかしい?」

「……恥ずかしい、って言うか。いつだって、ドキドキするよ……」

「同じだね」

「……うん、同じだって思うよ。慣れないよ。いつまで、たっても。いつだって、ドキドキするよ――」




「ちょっと待て! 兄ちゃんも姉ちゃんも、結婚してないじゃん?! 夫婦、関係ないよね?!」


 これは、S.S君が目の当たりにした、数組の夫婦の記録である。




【夫婦の日 ケース2】


「ねぇ、大地さん」

「なに、春香さん?」

「夫婦って会話が大事だと思うの」

「まぁ、そうだな。そう思うよ」

「特別感も大事だって思うの」

「うんうん」

「――でもね、家族の団欒で、新商品の開発会議とか、絶対違うから!」

「いや、アイディアを聞いて欲しいだけで。でも、この発想は絶対にブルーオーシャンだと思うんだよね」


※S.S君の殴り書き。

ブルーオーシャンは、ビジネス用語。競争相手がいない、未開拓な市場のことです。


「ブルーオーシャンも、オシャンティーも、どうでも良い!」

「オシャンティーとは、また古い……」

「空は黙って!」


 まるで、トバッチリである。ちなみに、S.S君の殴り書きその2。オシャンティーとは、オシャレなこと。おしゃれな人を指す俗語で、2011年頃に流行しました。


「……最近、仕事の話ばっかり。娘の方が夫婦感強いし。もう、やだぁ!」

「完全に姉ちゃん達の空気に当てられてるじゃん」

「空は黙って!」


 ひどくない?


「……まぁ、あれだ。確かに、最近仕事の話というか。夫婦の会話が無機質になるのっていけないよね。ごめん、春香さん。久しぶりにツーリングに行こう!」

「大地さん!」

「俺、見てられないんたけど……」

「着替えてくるね」

「大地さん?」

「へ?」

「……特攻服と、幟はイヤよ? 『春香命』って書いてあるの、まさかまだ持ってないよね?」

「――」

「父ちゃん、泣きそうになるな……本当に、見てられないから」



【夫婦の日 ケース3】




 気を紛らわせようと、テレビをつければ。結婚バラエティー【とことん捜査探偵団 アマアマ天国? ぎすぎす地獄!?】だった。この番組は、芸能人夫婦をピックアップ。探偵になぞらえてレギュラー陣が、夫派・妻派に分かれる。それぞれゲストの相手方を捜査。浮気の兆候がないか、証拠を探し求めるというブラック夫婦バラエティー。


 なんといっても、レギュラー陣が、お笑い芸人やら芸能レポーターが執拗にツッコミを入れてくるのだ。このバラエティー番組で、不仲になった夫婦もいると聞く。あんまり、こういう人を笑いものにするバラエティーは好きじゃないので、普段なら、即チャンネルを変更するのだが――。



『本日のゲストを紹介したいと思います。上川小春さん。上川皐月さんご夫妻です。それじゃあ早速なのですがまずはご主人、世界のカミカミ――」

『カミカワね』


 おぉ、エレガントに突っ込むの冬希父ちゃん、流石だった。


『そんな世界のKAMIKAWAこと、上川皐月の疑惑証拠はコチラ!』


 出されたのは、ヘアスタイリストとして、女優さんに髪を手で梳く冬希父ちゃんだった。あぁ、髪を触る時に優しい目をするのは、兄ちゃんも冬希父ちゃんも変わらないんだなって思う。ただ、当たり前だけれど、距離が近い。これが姉ちゃんだったら、間違いなく、ヤキモチモードに即突入だった。


『小春さん、どうですか?』

『まったく感じないワケじゃないんですけれど。まぁ、仕事ですからね』

『そう言っていられるのも、今のうち。次々、証拠画像を出していき――』

『でも、正直。こんなモノなのかぁって思っちゃったね』

『だから、いつもそう言ってるじゃん』

『はい? あの、もしもし?』

『さー君ってさ。他の子には、淡泊に笑うんだねって改めて思ったよ』

『だから……あの、お二人とも?』

『だから、言ってるじゃん。あくまで、これはお仕事。それ以下はあっても、それ以上なんて絶対にあり得ないからね』

『えっと……奥さんは、不安に感じないんですか?』


 お? 視界の芸人さんがプロ根性を見せた。でも、パンチが弱いよね。


『んー。息子の嫁が言っていたんですけどね』


 ここで、下河家全員が吹き出した。冬希母ちゃん、全国放送でなにを言っているの?!


『息子さんって、元COLORSの真冬くんですよね? まだ未成年じゃ――』

『はい、息子と同い年です。そのお嫁ちゃんに言われたんですけどね。夫婦であっても、伝えるべき言葉はちゃんと伝えないとって。本当にそうだなぁ、って今さらながらに思うんです。だから、ココでしっかり言います。あのね、さー君。大好きだよ』

『うん。小春、大好きだよ。愛してる』

『これ全国ネット! 生放送!』


 放送開始10分経過にして、すでにカオス。残り50分、どうするんだろう。司会とレギュラー陣の尽力に期待したい。





【ケース4】



「あなた――」

「翼まで悪乗りしなくて良いからね!」




【ケース5】




「あなた――」

「葉月ちゃんまで、何なの?!」

「空君、これはどういうことなの?!」

「下河君……これはどういうことなのか、説明をお願いしても良いかな?」


 翼が怖い。いつもより三割増しで怖い。陽大パパさんは、顔から表情が消えてる。怖い、怖い! マジで怖いんだけど。


 ……って、弥生先生!

 なんで、キラキラした目で俺らを見てるの?!




【ケース6】



竹山ちくざん、何を照れているのさ?」

「いや、梅ちゃん。だってね。儂は現職の校長なワケで」

「知るかい。なんなら、妻が認知症で徘徊するからって言っとけばいいじゃないのさ。『目を離したら、迷子になるんです』って」

「こんな元気な認知症の人がいるかな?」

「バカだねぇ。高齢者イコールで元気がないとか、決めつけるヤツは頭にウジが湧いているんじゃないかね。職員会議で言っておやりよ」

「そんなこと、儂が言ったらパワハラだからね」

「そこは、老人力でカバーだね」

 それから、梅さんがニッと笑う。

「人が多くて、迷子になりそうだから。男が、ちゃんとエスコートしておくれよ」



 そう言って、梅さんと校長先生――高樹夫妻は、群衆のなかに紛れ込んでいく。まるで、俺達にそう言い聞かせるように。


 散歩がてら、商店街に来てみれば。イベントのまっただ中だった。ローカルアイドルのミニコンサート。模擬店に、地産の物産展とよりどりみどり。


 視線が迷い続けて、それから……やっぱり、翼と視線が絡んでしまう。気恥ずかしさに、翼が目をそらすのが視界の端に見えて。思わず、その手を引いてしまう。


「……そ、空君?」

「この混みようだから、さ。はぐれたら、探すの面倒くさいじゃん。油断したら、すぐに翼がナンパされそうだし」

「虫除けになってくれるって、こと?」

「そうそう。だから、裾でも掴んで――」

「うん」


 くるっと、手がすり抜けて。それから絡んで、それから腕へ。


「……え?」

「はぐれないように、だもんね」

「ん……うん」


 コクコクと、俺は頷くことしかできなくて。

 この群衆のなか、バスケ部の友人達が見えた。


「ん? あれ朱理君達じゃない? 声をかけなくても良いの? ねぇキャプテン?」

「今は良い――」


 そう翼に囁いて。

 それから、わざと群衆に紛れる。


「あれ、天音さん?」

「空?」


 足早に、駆けて。

 当たり前のように通った道。


 知り尽くした道――。


 どうしてか、翼と一緒だと新鮮で。まるで初めて通ったかのような錯覚すら憶える。あと、どれくらい一緒に通れるのかも分からないのに。そんなことを、考えたくないくらい、もっともっと翼と一緒に過ごしたいって思っているのは、どうしてか。




 ――人が多くて、迷子になりそうだから。男が、ちゃんとエスコートしておくれよ。


 今は、梅さんの言葉を言い訳に、翼と雑踏のなかを駆け抜けた。





________________



2/2夫婦の日に寄せて、サクッと書こうと思ったら疲労困憊で。余裕で節分を通り過ぎてしまいました(^^ゞ


時系列的には「ほいくしさん!!」の空君達でした。

「ほいくしさん!!」もよろしくお願いします。

https://kakuyomu.jp/works/16817330649277165549

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