弥生先生のオンライン授業



 ウチのクラスの子達って基本、良い子なんだろうなぁ、って思う。


 普通科の学校では、オンライン授業は想定していない。でも、やっぱりcovid-19――新型コロナウイルス感染症以降、授業を確実に継続できる体制が検討されてきた。オンライン授業は、そのなかでも中軸となる対応策だ。


 でも、古株の教員の賛同はなかなか得られず。ウチの学校も、若手の教員達の連携と校長の後押しでようやく実現に至る。


 基本は、リアルでの授業が前提のカリキュラム。でもやむ得ず休校する場合はやっぱりあって。授業の時間数を考えれば、オンラインも有用な手段だと思う。


 ――先生。下河さんは、オンラインだけでも参加できないでしょうか?


 そんな一人の子の声に、思わず言葉を失って、私は呆けてしまう。

 そうだね。そうだよね。コクンコクン何度も頷いて。方法はたった一つじゃない。そう気付かされた瞬間で――私は、生徒からそんな声が出たことに、無性に嬉しくなってしまったのだった。







■■■





 ヤバい。


 メチャクチャドキドキする。オンライン授業を意識し過ぎている自分がいた。いや、別にアプリの使い方にドギマギしているワケじゃない。だってミーティングアプリも、プレゼンソフトも夏目ウチが開発したものだ。


 ただ、下河さんがログインしてくれるだろうか。それだけが心配で。

 説明はした。


 上川君と下河さんがリハビリしている最中さなかにお邪魔して。でもさ、あれってリハビリって言えないと思うのよ。リハビリって、機能回復と社会復帰って意味があるわけで。もっというと、全人間的回復って深い意味があるわけよ?


 でも、あの二人って、デートじゃない? リハビリで手を繋ぐ必要ある? そりゃ下河さんが、人の前で過呼吸になることも、上川君の存在が大きいのも分かるけど。

 けどさぁ。


 ――雪姫のしたいことを応援するよ。

 ――冬君がいないと、自信がないよ。

 ――いっしょにやろう? 二人で乗り越えよう。


 ――本当に?

 ――うん。今までだって、二人で乗り越えてきたでしょ? だって、俺たちだから。これは良いチャンスだと思うんだ。


 ――うん、がんばる。がんばってみる! が応援してくれているんだもん。がんばる。がんばるよ!




 ……や、や、や、やかましいわい!


 そんな友達がいてたまるか! 友達は指を絡めて手を握り合わないし、ゼロ距離で耳元で囁かないし。膝枕も、「あ~ん」もしない! お互いのことしか見れないくらい、二人の世界にトリップだってしないから!



「せ、先生! 弥生先生! ちょっと落ち着いて! チャットに意味不明なメッセージ送信してるから!」

「へ?」


 あら、やだ。私ったら思ったことを、そのままチャットに入力してしまったらしい。生徒が全員入室する前でよかったよ。(良くない)


 深呼吸、深呼吸。

 雑念に囚われていたら、良い授業はできないんだぞ、弥生。そう自分に言い聞かせて。


 ふぁいとー! えいえいおー! ふぁいおー! ふぁいおー!


 そうやって気持ちを落ち着かせていると、次々に生徒が入室してきて、カメラをONにしてくれる。


(みんな、ありがとうね)


 思わず、微笑が溢れる。

 ごく当たり前に顔を出せるように。最初に、みんながカメラをONにしてもらうようお願いをしたのだ。だって、無機質な画面だったら、気後れしてしまうのでは――。ついそんなことを思ってしまったから。


 せめて、みんなで待ってるよ、と。下河さんにそんなメッセージを込めて、笑顔で迎えてあげたかった。



「それじゃ、みんあ な揃った――ね?」


 と言いかけて、私は硬直する。

 な、な、な、な、な?







■■■







 下河さんがログインしてくれたのは良かった。それは良かったんだけど。けど、けど、さ。


 なんで、上川君。君は下河さんと、同じ場所からログインしてるのかな?!

 ソコ、下河さんのお部屋だよね?

 下河さんが緊張した面持ちで、画面――カメラを見ているけれど。


(コラ、見えてるから。何、髪を撫でてるんだ! だから見えてる! 手を繋ぐな、今、授業中なんだからね!)


 頭痛がするから、上川君の方は見ないようにしよう。うん、そうしよう。そう決めた瞬間だった。


(コラコラコラコラコラコラ!)


 黄島さん、貴方ね! デスクに海崎君の写真、飾っているのバッチリ見えてる! しっかり見えてるから! せめて、背景をボカして!


 カチャカチャカチャ!

 キーボードを叩き、チャットでメッセージを送るが……チャットに気付いていない。Oh……。


 まぁ、良いか。画面共有したら、全体は見れなくなるし。

 気を取り直して、授業を進めることにして――。




「先生、先生! 共有するデータを間違ってる!」

「へ?」


 見れば、プレゼンソフトではなくて、出張中の旦那様大君の写真だった。



「あ、ちょい、ちょっと、待って!」


 気持ちを落ち着かせようとして授業前に見ていたスライドショーアプリだった。

 慌てた私は、どうやら再生をクリックしてしまったらしい。




 ――大君ソロの写真。

 ――娘と一緒の写真。

 ――二人で自撮りした写真。

 ――自撮りその2。キス写真。(待って、止まって。マジ待って!)

 ――娘に撮ってもらった、二人が手を繋いでる写真。

 ――高校時代のツーショット(やめ、やめ、本当に止まって!)




 パニックになっている私に、チャットが届いた。


fuyu:授業中にのろけるの、流石にどうかと思いますよ?



 私はそのメッセージを見て、プルプルと体を震わせたのだ。



(君が言うなー!)



 心のなかで叫んだ自分を褒めてあげたい。

 かくして大君が、私のクラスデビューをする日になったことを――絶対に大君に内緒にしよう。そう固く誓った私だった。





________________








【オンライン授業 終了後のアンケート回答】


・弥生先生の教え方、分かりやすかったです。この後、冬君とちゃんと復習しますね!

・雪姫の一生懸命な姿が見れて、ほっこりしました。

・のろけるな、危険

・先生の旦那さん、格好良いですね!

・旦那さんの愛人に立候補して良いですか?

・どこかで見たことあるような……。

・黄島さん、可愛い。付き合ってください。でも、その気持ちの向く先は、海崎になんですよねぇ。悔しいけど、応援しているぜ、ベイベー!

・この時間を利用して、英語の仮題ができました。先生、ありがとう!(ウソだからね)

・おあー。

・今日の内容はテストに出ますか?

・etc……

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