お昼ごはんを作りに来てくれる幼馴染のリアリティーについて


 朝――9時を過ぎて、ようやく起きた。パジャマ姿のままだらしなく、一昨日の夜かから読み進めている本に手を取る。指輪物語、文庫版で全10巻。昨日も深夜を越えて、読み浸って。そして今に至る。ライトノベルでは読めない重厚さがあった。現在7巻の途中まで読了。


 今日は、湊がバスケットボールの試合。父さんも母さんも、湊の応援に行っているはずだ。


 ――今日はね、空も応援に来るんだよ!


 ニコニコ笑って、そう言う。僕も誘われたが、丁重にお断りをした。もともとインドア派の僕だ。ああいう賑やかで、熱気がある場所はどうしても敬遠してしまう。それよりも、今はこうやって本に没頭していたい。


 ページをめくって。

 物語に没頭していると、時計の秒針すら聞こえなくなってしまった。





■■■





 一度、集中するとトリップする傾向のある僕だが、流石に空腹のサインには勝てない。8巻目を読了したところで、栞を挟む。そういえば、と思う。この栞は、小学校の時に彩音がプレゼントしてくれたんだっけ。


 彩音は物持ちが良すぎると呆れるけれど。


 ――だって、恥ずかしいじゃん。


 まぁ、そうだろうけど。でも何よりクソガキ団時代の想い出もつまっているんだ。それに彩音からもらったプレゼントを、蔑ろにできるはずがなかった。


「何を食べようかなぁ……」


 そう思いながら、階段を降りる。でも、冷蔵庫に特に何もなかった気がする。料理センスゼロの僕の辞書に、調理という文字はもちろんない。

 僕はレンチンかお弁当、この二択だ。結果、今日のお昼はコンビニと仲良くなるコース確定で間違いなかった。


 と、キッチンを開けて、僕は硬直する。



「おはよう、ひかちゃん。おそよう、って言った方が良いかな? もうお昼の1時だよ?」

「あ、や、ね?」


 目をパチクリさせる。彩音はそんな俺を見て、クスクス笑う。


「ひかちゃんのお父さんとお母さんに頼まれたの。きっと、読書に没頭して、昼まで抜きかねないからって」

「え? へ?」


 いや、当たってるよ。当たってる。その推測は当たってるけどさ! 父さんと母さんは、いくら幼馴染とは言え、何を頼んでいるのさ!


「ひかちゃん、寝癖ついてるよ? 可愛いなぁ、もう」


 ツンと、頭頂部を触る。


「なおしてあげようか?」

「なおす――着替えてくるから、すぐ着替えるから! ちょ、ちょっと待ってて!」

「うん。お昼は簡単に、カルボナーラにしようかと思っていたけど、良かった?」

「えっと……良いも悪いも、作ってもらうのにそんな注文をつけないよ!」

「オッケー。それでは料理を開始するであります!」


 ビシッと彩音が敬礼する。それから、彩音が僕の耳元に唇を寄せる。


「ち、ち、ち、近いから――」

「だって、ドキドキさせるって言ったでしょ?」


 そう言って。


「一緒に御飯を食べようね?」


 それからね。重ねて、そう囁く。







 ――これ以上、今日は本に時間をあげないからね。







■■■






「ねぇ、彩ちゃん?」


 あれから数日後。僕らは文芸部の部室――司書室で、部誌の作成に追われていた。


「幼馴染でさ、お休みの日にご飯を作ってあげるシチュエーションって、やっぱりフィクションなのかな?」


 下河の純粋無垢な質問似、思わず飲みかけていたお茶を吹き出しそうになる。

 それも彩音と二人で。


「俺はね、フィクションとしてなら有りだと思うけど、現実にそんなコトはなかなか無いと思うんだよね。高校生が、わざわざお昼ご飯を作るとか、どれだけ好きなんだよって話でさ」

「冬君に作るの全然苦じゃないのは、やっぱり好きだからってのが大きいのかな」

「そう思ってくれる?」

「うん、だって冬君のこと大好きだもん」


 冬希と合わせての二段攻撃――いや波状攻撃に、今度はムセそうになった。


「……じゃ、じゃあ下河は、幼馴染だからって僕や圭吾にご飯を作ってあげたいと思うの?」


 かろうじての反論。


「んー。それは無いかなぁ。やっぱり冬君に作ってあげたいし。でも冬君が作ってくれるご飯も、本当に美味しいんだよ?」


 新手の惚気か? 惚気なのか?! ただ言いたいだけなのか?!


「やっぱり、幼馴染の休日ご飯はあり得ない?」


「「ありえない!」」


 僕と彩音の言葉が綺麗にハモって。下河と冬希が目を丸くする。


「そっかぁ。あり得ないかぁ……リアリティって難しいね、冬君」


 うんうんうなりながら、作業に戻っていく。お願いだから、この件はついては、もう触れないで欲しい。


 幼馴染という理由で。


 以前は、違う人下河を好きだったのに。


 今では、前以上に彩音との距離感が近い。

 現状、彩音がどう思っているかなんて、全然分からないのに。


 そんな思考に囚われながら。その後作、業に没頭する下河を尻目に、僕らは安堵の吐息を漏らしたのだった。






■■■





「あ、あのね。彩音……」

「うん……」

「いろいろなカタチがあってさ。きっと、セオリーって無いと思うんだけど、さ……」

「……」

「その、僕が思うのはね。あの……。美味しかったし、本当に嬉しかったんだ……その、ありがとう」


 なんとか、それだけを。

 なんとか絞り出すように囁いて。


「う、うん――」


 離れすぎない。でも冬希達よりも近すぎない。この関係を幼馴染と言うだけで納得してもらえるんだから、本当に便利な言葉で――そして、やっぱり本当に面倒な言葉だって思ってしまう。






 ――幼馴染という言葉以外で、僕らの関係をなんて言えば良いんだろう?




 いまだ、答えなんか出るはずがなかった。






________________


今回の短編はTwitter

創作 #ダグ(@sousaku_hashtag)


#お昼ご飯を作って欲しいうちの子


このお題をテーマになぐり書きをしました!




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る