SKY WING VS. April Fool Supporters

 季節は回って。色々な人が通り過ぎていく。そのなかで、こうやって家族以外で特定の同じ人と過ごすことはなかった。今のこの時間が私にとって特別なのに、空君は気付いていないんだろうなぁ。つい笑みが溢れてしまう。


 桃色の花びらが乱舞する。


 出会った時、季節は秋だった。

 ようやく話せた時、桜はすでに散っていた。


 だから、こうやって二人で桜を見ることができるのが本当に嬉しいし――かけがえのない。

 と、空君の指が私の髪を触れる。


「そら君?」

「あ、いや。桜の花弁がね」


 花弁が散って。舞う。これだけ花弁が乱舞しているのだ。髪にもつくふぁろう。でも私が声を漏らしたのは全く別の意味で。もっと触れて欲しいと思うのは、贅沢なんだろうか。


「あ、でも、このままの方がいいか」

「え?」

「桜の花飾りみたいだから」


 空君がクスリと微笑む。

 通り過ぎる人、過ぎ去る人。誰も彼もが、この光景に見惚れていた。

 と――。


「よ、お二人さん」


 声をかけてきたのは、みーちゃんと彩翔君だった。


「二人とも、本当に仲良しだよね」


 にしし、とみーちゃんが笑う。


「悪いかよ」


 冷やかされた、そう感じたのか空君はぶすっと膨れる。それでも距離を置こうとしない。私との距離をそのまま保ってくれている。それが何より嬉しい。


「悪くない、悪くない。空が自然体でいられる相手だもんね、天音さんは」


 彩翔君は穏やかに言う。空君の親友――相方にそう言ってもらえると、それだけで認められた気がして、なお嬉しくなってしまう私は本当に単純だ。


「本当に、良かったって思うよ。ね、あー君?」

「本当にね」


 ニコニコ笑って言う。そして、二人で声を揃えて発した言葉に、目を丸くした。


「「!」」


 まるで時が止まったかのようだった。


「は?」

「え?」


 何を言われたのか分からなくて、空君も私も、言葉にならない。


「聞いたよ、結婚するんだって?」


 その場に居合わせた子ども会のお母さん達。


「結婚するなら早い方が良いとは思うけど、それにしてもちょっと早くない?」

「こういうのは勢いも大事さね。空坊なら、翼ちゃんを不幸にはしないよ」


 とは町内会のご意見番、副会長の梅さん。状況把握もできないまま、私達だけ置いてけぼりの状態になる。


 結婚?

 私と空君が?

 え?

 そのワードは嬉しくて、にやけちゃいそうだけど――え、っと? え?


「翼お姉ちゃん、お腹撫でていい?」

「へ? え? いや、赤ちゃんなんてい、いないよ?」

「照れなくていいわよ。大丈夫、私達応援するし。サポートするからね」

「へ? え? え?」


 私は空君に縋るように視線を送るが、空君も思考が追いついていない様子。


「いや、今の日本じゃ18歳じゃないと……って、俺、翼とそういうことしたの? いつ?」


 私に聞かないで!


「本当だ、お腹がびくんと動いた! お母さん、これが赤ちゃん?」

「そうよ。みんなこうやって産まれてくるの。勿論、あなたもね」

「へぇぇ」


 キラキラした目で、私と空君を見る。


「いや、あの、見に覚えが……。俺たちの子?」


 私も見の覚えがない。妊娠した覚えもない。私は首を横にフルフル振る。


「じゃぁ、俺以外との子?」


 そっちも全力で首を横に振る。そもそも空君以外とか、有り得ないから!

 困惑していると、時計台の鐘がりんりん鳴る。時刻は正午になったことを伝えたのだ。


 と――。

 ノイズ混じりで、プツプツと町内会のスピーカーから、音が漏れた。




『レディース & ジェントルメン! ハッピーエイプリルフール、盛り上がってますかー!』


 あの声は瑛真先輩?


『ネタバラシいっちゃいますよー。町内のエイプリルフール・サポーターズの皆さん、お疲れ様でしたー! ラストも張り切っていきますよー! いっちゃいますよー!』


 そして音無先輩の声。これって、え? え?


 私は目をパチクリさせた。隣の空君は口をパクパクさせている。


 今は桜祭が開催中。

 見れば、臨時に組み立てられたやぐらの上に、マイクをもった下川雪姫――お姉さんの姿が見えた。

 それから、お姉さんの隣。

 DJブースの中央でヘッドフォンをつけている、上川冬希――お兄さんが、天に向けて手を掲げた。


 それから機材を操作しようとする動作モーションが見えて。

 刹那、音が爆発したんだ。





■■■




 軽快なリズム。

 ウキウキ心が踊りそうなシンセサイザーの音に合わせて。


 そのリズムに溶け込むように、町内会の盆踊り恒例、”サポーターズ音頭”がミックスされて、不思議な高揚感と空気が場を支配するなか、下河雪姫――お姉さんが、歌いだす。



 ――ウソなんて、どうでもいいの。

 ――あなたが、いてくれたら。それでいいの。


 ――だって。全部、現実ホントウにするから。


 ――あなたが良いの。それだけで良いから。

 ――4月のウソに。私の本当を、全部詰め込んで。


 お姉さんの声は、まるで春風のようで。透明感があって。心の中に染み込んでいく。

 かと思えば、また”サポーターズ音頭”に切り替わって



 ――困った時には助け合い

 ――お互い支え合って、よりかかかって

 ――1かけ、2かけ、3かけて

 ――迷惑かけても お互い様

 ――笑い合って、支え合って、寄りかかって、

 ――お互い様で。嗚呼、みんなで踊ろうサポーターズ音頭♪


 お姉さんの声と、みんなの声が重なって。踊り出して。その間も、レコードをスクラッチする音が響いた。さながら、フラッシュモブのような様相すら示して、みんなが――小さな子も含めて本当に楽しそうに踊っていた。


「「「せーの!」」」

 瑛真先輩、音無先輩、それからお姉さんの声が重なって。




「「「ハッピー・エイプリルフール!」」」


 音がミックスされ、集約して、束ねられて、そして一つの音になって――私も空君も、気付けば一緒になって踊っていたのだった。






■■■






「……これはいったい何だったの?」


 空君がゲンナリして言う。

 ニコニコしているお姉さん達を前にしたら、抗議の声もあまり意味がない気がするけど、空君のささやかな抵抗だった。


「エイプリルフールだし、折角の桜祭だから。ささやかなウソをついて、盛大にお祭りを盛り上げてみたよ!」


 お姉さんが胸を張ってみせる。真面目な顔をしてイタズラをする。クソガキ団の【雪ん子】の】姿を目の当たりにした気がする。


「町内会を巻き込んでかよ。彩翔も湊も共犯なの!?」

「「もっちろーん」」


 仲良くハモる、みーちゃんと彩翔君に空君は脱力する。

 この空気に包まれたせいか、空君の距離がいつもより近い――のが私は、嬉しい。


「誰だよ、このクソ企画の発案者。絶対、クソガキ団だと思うけどさ」

「今回は冬君でしたー」

「兄ちゃんまでクソガキ団かよ?!」

「雪姫、空君に認めてもらったよ?」

「褒めてないからね?」

「良かったね。でも私のなかじゃ、ずっと冬君は一緒にいる感覚だからね」

「それは本当に嬉しいね」

「――あのさ、さり気なく過剰にスキンシップするのやめてくれない?」


 お兄さんは、お姉さんの髪に触れたのを見て、空君がさらにゲンナリとする。


 でも私は正直、羨ましいって思ってしまう。

 誰にも遠慮することなく素直に触れ合って。お互いの感情を確かめ合える。この二人のようになれたらって。つい私はそう思ってしまう。


 でも今は――今だけは、この高揚した気分を言い訳にして。空君の手を離したくなかった。


「それでは最後、空君が愕然としている間に決め台詞いっちゃおう!」

「瑛真先輩、さり気なくスルーするの、やめて?!」

「空君、踊る阿呆。踊らぬ阿呆。同じ阿呆なら、ヤラなきゃ損、ソンですからね!」

「音無先輩から不穏なワードを感じるの、どうして?!」


 空君がギャーギャーと、ムダな抵抗をするのはいつものこと。

 照れ屋で。少し不器用で、感激屋な空君。あなたは、自分が思う以上に色々な人に愛されているからね? 改めてだけど、そう実感する。


 だから、私もこの輪の中で――その中心で。空君の隣で。空君の表情の何もかも、誰よりも独占したいって思っちゃうんだ。




「それじゃ、いきますよー!」

「せーの!」

「「「「ハッピー・エイプリルフール!」」」


 最後、お兄さんがもう一度音を鳴らして。再度、音が集約して弾けた瞬間――私はもっと距離を縮めたくて、空君の腕に抱ついていたんだ。





________________




【宴の後は、花見を楽しむことになりました】


「あのさ、姉ちゃん」

「なに?」

「冬希兄ちゃん、さっきナンパされていたよ」

「え……」

「いや、無い。そんな事実無いから!」

「さっきも、たくさん声をかけれていたし、目でも追われていたから。さすが元COLORSだよね。でも兄ちゃん、満更でもなさそうだったね」

「ないから、そんな事実無いから! ちょっと空君――」

「冬君、ちょっとお話をしようかな?」

「ちょ、ちょっと、雪姫、待って。そ、空君、空君? そら君?」

「ハッピー・エイプリルフール(ぼそっ)」

「空君ー!?」

 



エイプリルフールのウソは、人が幸せになるフィクションが良いですね。

少し遅れましたが、ハッピー・エイプリルフール!(作者 拝)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る