ホワイトデー/お礼の気持ちの意味合いについて(EP68読了推奨)
今日は姉ちゃんが起きていたので、ほっとした。ただ、ダイニングの椅子に腰をかけて、目はうつろ。ぼーっと宙を見上げていた。
俺は無言で、お湯を沸かして紅茶を淹れる。姉ちゃんのように上手く淹れないないけど、それでも。少しでも水分や食事を摂ってくれたら。ただ、それだけを思う。
「あ、空? ごめんね、ありがとう」
そう言って紅茶に口をつける。
美味しいも美味しくないも無い。ただ、漏れる言葉はありがとう。それが見ていて苦しい。この間、表情は何一つ変わらなかった。
「姉ちゃん、あのさ」
「ん?」
「義理でもチョコって返した方いいかな?」
当たり前のことを聞いてしまう。湊はともかく、思うのは天音さんの方だった。
「……私は、空達の関係性がよく分からないから、何ともだけど。義理チョコの定義ってさ、義務チョコとは違うと思うの」
「へ?」
「……惚れた好いたじゃなくて『いつも、ありがとう』の気持ちで、私はチョコをあげたかったんだけどね」
「ね、姉ちゃん、それは、さ――」
「大丈夫だよ、空」
「え?」
「心配してくれたんでしょ? もうそこまで気にしてないから」
「そ、そっか……」
「どんな理由であれ、ありがとうにありがとうで、返したら良いと思うよ?」
「うん、分かった」
久々に姉ちゃんが笑ったのを見て、ほっと胸を撫で下ろす。姉ちゃんが、その後何かを呟いた気がしたけれど、俺の耳には届かなかった。
――大丈夫だよ、空。私はもう誰にも期待なんかしないから。
■■■
すっかり春めいて、屋上の風が気持ち良い。
背伸びをしていると、たんたんたんと階段を上がってくる足音。見れば、湊だった。
「あれ、天音さんは?」
「私はオマケかい」
スカートでローキックかますの、どうかと思うぞ、湊さん?
「だって、湊はいつでも渡せるけどさ、天音さんはそうはいかないじゃん」
「いや、教室で堂々と渡せばいいじゃん。つーちゃん、喜ぶよ?」
「変に目立つのイヤだって。それに、天音さんの義理チョコ、俺だけだったんだって? なんか気を遣わせちゃったね」
「義理じゃないけどね。で、なに? 嬉しかったの?」
「……まぁ、姉ちゃん以外の子からもらえたら、そりゃね」
「さりげなく、私のをノーカウントするなっ!」
だからスカート姿で蹴ってくるなって。
「はい、湊」
とラッピングしたクッキーを手渡す。
「へ?」
「湊にもいつも、お世話になっているからさ。ありがとうな」
「……あ、こちらこそありがとう」
柄にもなく、湊が頬を赤く染めて俯いた瞬間だった。天音さんが息を切らしながら、階段を駆けてきた。
「し、下河、く、
全力疾走で駆けてきたのか、呼吸が乱れてなかなか整わない。俺は苦笑しつつミネラルウォーターを手渡した。
「飲む?」
「え、あ、え、え?」
「急いでないから、落ち着いてからで良いよ。湊や彩翔と
ニッと笑ってみせて。それから、天音さんにラッピングした包を渡す。
「バレンタインの時はありがとう。気を遣わせてごめんね?」
「いや、あの、気を遣ったワケじゃ――」
「ちょっと、私のよりグレード高い気がするんですけど?」
そりゃそうだ。彼氏以上に気合いれるワケにいかないじゃん。湊のはコンビニスイーツだが。天音さんはCafe Hasegawa、美樹さん特製の苺のロールケーキだ。どうせ、これっきり。ちょっとは見栄を張っても良いかなって思っての結果だった。
「じゃ、そういうことで」
そう俺はクルリと背を向けて、階段をリズムよく降りていく。
「無自覚というか。何というか。空って天然ボケだよね。いつ気づくんだろう――」
湊の呟きが途中まで聞こえてきて。
ディスられるいわれは無いけどと思って――15分後。
喉が乾いたなと、ミネラルウォーターに手をかけて。ボトルキャップが妙に固かった。
(え?)
さぁっーと、血の気が引いた。
どうやら俺は、飲みかけのミネラルウォーターを天音さんに渡していたらしい。
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「つーちゃん、そのミネラルウォーターどうするの?」
「え? あ、う、あ、え……」
「あ、こりゃダメだね」
「うぅ……」
「じゃ、つーちゃん。処分よろしく。その後については、言及はしないから」
「の、飲まないもんっ!」
「飲まないの? 別に空だし。そんな気兼ねしなくても、いいと思うよ?」
「……みーちゃんのイジワル!」
「その後の言及はしないから、ね」
「みーちゃんのバカっ!」
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