EP76 もしも冬君たちだったら


 ゆっきが、ずっとニコニコしている。その手に上にゃんの手を繋ぎながら。

 私もひかちゃんも、二人を見やりながら変わらない距離感を維持していた。

 ゆっき達よりは近くない。ただの友達よりは近い、そんな距離で。

 ただ、ひかちゃんは気付いていないんだろうなぁ。

 私がほんの少しだけ意識をして、距離を近づけていることを。


「しかし意外だね」


 ひかちゃんが苦笑する。私も同意だ。【沢】が立入禁止になって久しい。予算の兼ね合いで、工事開始まで、もう少しかかるらしい。その前に、もう一度だけ言ってみようという話になったのだ。

 いや、正確にはちょっと違うか。


――冬君にね【アソコ】を見せてあげたくて。


 彼女達がリハビリと称する町内会の行脚を同行して分かったことは、ゆっきは兎に角、上にゃんに自分の足跡を伝えたがっている、ということだ。まるで、これから【クソガキ団】に勧誘するぐらいの勢いで。


「何度見ても、下河じゃないみたいだよね」


 同意。本当に同意なんだよね。ゆっきは年下の子と手を繋ぐことはあっても、ひかちゃんやそれ以外の子達と、手を繋ごうとか、そんあことはちょっとも思わない、そんな子だった。


 あっさり『ごめん、ジャマ』って言っちゃうし。小学生高学年になって、女の子たちが気になる男子の話をしていても、まるで関心を示さない、そんな子だった。


 それが指を指を絡めて、絶対に離さないと言わんばかりだ。


 【沢】は大雨からの川津波、土砂崩れの影響で、立入禁止区域になっている。以前のゆっきだったら、『そういう場所に無断で入るのはいけないと思う』そう、冷たく言い放ったものだ。正論だから、誰も反論できなかったのだが。


――ちょっとだけ。ちょっと案内したらすぐ帰るから。ね?


 同じ人の言葉とは、到底思えなかった。芯が真面目なのは、根本的に変わらないのだが、余裕があるように感じる。きっと、それは上にゃんが、真面目だけど、遊び心がある人だから。それでいて、冷静だったりする。


 木漏れ日に目を細める。まるで世界で二人だけ取り残されたかのように。そんなゆっきについ目が行ってしまう。

 だからこそ、私も甘えてみよう。

 ほんの少しだけ、ひかちゃんとの距離を縮めて――。


「ひかちゃん?」

「道が悪いからね。彩音、転ばないようにね?」


 私の手を、ひかちゃんが握る。

 握ると言うよりは、触れるに近い。

 私とひかちゃんの間には、まだまだ隙間があるけれど。





■■■





 本当に子どもみたい。

 思わず、苦笑が漏れる。ゆっきは上にゃんとともに、小川からのぞかせている岩に飛び移る。まるで、幼少期に上にゃんと一緒にタイムスリップしたかのように。見れば、ひかちゃんは、少しだけ切なそうに、そんな二人を見ていた。


 私は、その手で小川の水をすくって、ひかちゃんにかけてあげる。

 水飛沫が飛び散って。飛散して。ほとんど、落ちていきながら。数滴がひかちゃんの頬にかかる。


「つ、つめたっ。彩音?」


 呆然として――それからニッと笑う。そっちがその気なら負けないよ、と。そうひかちゃんが笑ってくれた気がした。それで良いと思う。よそ見するくらいなら、ちゃんと私を見て欲しい。

 ひかちゃんが、私めがけて小川の水をすくおうとして――。




 水飛沫があがる。

 ゆっきが、足を滑らせて川の中に落ちたのだった。





■■■





「ほら、悪ふざけしすぎだよ」


 私は呆れて言う。こういうセリフは、本来ゆっきの役目なのに。上にゃんと一緒に【沢】に来れたことがよっぽど嬉しかったのか、羽目を外してしまったのは明らかで。


 もう一人、ずぶ濡れになった上にゃんも苦笑を浮かべている。私は見てしまったのだ。ゆっきが滑った瞬間、彼女のクッションになるように、迷わず飛び込んだその刹那を。


(毎回思うけどさ、上にゃんって、本当にこういう時躊躇わないよねぇ)


 しかも、である。まるで予測していたかのように、上にゃんはニットカーディガンを脱いでいた。濡れることもお構いなく、それを雪姫にかけてあげる。この動作も迷い無しだ。身長差があるので、馬子にも衣装な状態だが、透けてしまった下着は見事に覆い隠された。この間、5秒もない。小川に落ちたことに動転したひかちゃんは、気付いてすらいなかった。


「ごめんね、冬君……」


 一方のゆっきはしゅんと落ち込みながら、上にゃんから目が離せないでいる。

 髪は濡れて。雫が滴る。


 白磁の肌に、清潔感ある白いシャツが吸い付いて。透けて見えるその様に、妙に色香を感じてしまう。上にゃんは、無造作に自分の髪を掻き上げて――そして、微笑んだ。


「忘れられない思い出になっちゃったね」


 そう彼は笑う。自分の失敗を責められると思っていたゆっきは目を見開いて――それから小さく頷いて、安堵したように、苦笑を漏らした。


「雪姫に怪我がなくて良かった。それに――」


 上にゃんも笑む。


「クソガキ団に一緒に入団できたみたいで、本当に嬉しかったよ」


 そう言う。

 ゆっきはコクンコクンと何度も頷く。こりゃ、ダメだ。もう、上にゃんのことしか見てないよ。きっと、今の彼女は何時間でも、上にゃんを見ていられるから。私達が切り出さないとダメだろう。

 やれやれ、と私はひかちゃんと顔を見合わせた。


「そのままじゃ風邪ひいちゃうから、お開きにしようか?」


 そう私は言ったのだった。どうせ私が背中を押さなくても、下河家でシャワーを浴びるコースだろうけれど。ちょっと、サービスで背中を推してあげましょうか。


 きっと、ゆっき。片時も上にゃんと離れたくないもんね?

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