第50話 風がやんだ




「アルム!?」


 飛び降りたアルムがなにやら必殺技っぽいものを叫んだ途端、強烈な光がほとばしった。目をつぶっただけでは足りず、右腕で目を保護しながらヨハネスはエルリーに覆い被さって光から守った。


 光が収まるまでにかなりの時間がかかった。ヨハネスがおそるおそる目を開けると、立っているのはハールーンだけで、男女は頭を抱えてうずくまり、ダリフは気を失って倒れていた。


「エルリー、大丈夫か」

「んー……」


 エルリーは少しぐったりしていたが、ヨハネスが呼ぶと返事をして首に手を回して抱きついてきた。

 ヨハネスはエルリーを抱き上げると、縁に立って谷底を覗き込んだ。


「アルム! マリス!」


 谷底にはまだきらきらした光の粒子が漂っていて、アルム達の姿が見えない。

 懸命に目を凝らしてアルム達の姿を探していると、ハールーンがぽつりと呟いた。


「風が、やんだ……?」


 言われて気づいたが、確かに谷底から吹き上がってくる風がなくなっている。


「まさか、瘴気が消えたのか……そんな馬鹿な」


 ハールーンが信じられない気持ちもわかる。ヨハネスも「そんな馬鹿な」という気持ちはあるが、同時に「まあ、アルムだしな」という想いも湧き上がってくる。


「みゅ~……」


 エルリーはまだ目を開けずにぐずっている。ダリフも気絶しているし、やはり闇の魔力の持ち主があの光を浴びるとなんらかのダメージがあるようだ。

 魔力を持たないらしい男女もまだ立ち上がれずにいる。平気で立っているのは光の魔力を持つヨハネスとハールーンだけだ。


(マリスは大丈夫だろうか?)


 至近距離で光を浴びただろうマリスの身を案じたヨハネスは、傍らで呆然としているハールーンに問いかけた。


「おい、下に降りる道はないのか?」

「あ、ああ。縄かなにかを用意するしか……オアシスに戻って人を呼んでくるか」


 我に返ったハールーンが動き出そうとしたその時、二人の頭上にふと影が差した。


 空を見上げたヨハネスは、頭上に浮かぶものの正体に気づいた。――ベンチである。


 そのまま谷底に向かって降りていくベンチを眺めて、ヨハネスはほっと胸を撫で下ろした。



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