第51話 めでたしめでたし
さすがに疲れて、もう指一本も動かしたくないという強い気持ちで、アルムは地面に転がっていた。
空が青い。
「ア、 アルム……大丈夫?」
腰が抜けて立てないのか、ずるずると這うように近づいてきたマリスがアルムの横にぱたりと倒れた。
「ち……力が入らない」
「ごめーん。たぶん大量の魔力を浴びたせい。少し休めば治ると思う」
マリスもアルムの隣にごろりと仰向けになって空を見上げた。
「……アルム」
「んー?」
「助けに来てくれてありがとう」
「いや。もともと私と間違えて誘拐されたんだし」
マリスは完全なるとばっちりで被害に遭っている。ダンリーク家にいる時にさらわれているのだから、このことをジューゼ伯爵が知ったら二度と遊びに来てもらえないかもしれない。
「でも……誘拐されてよかった」
「ん?」
マリスがぽつりと漏らした台詞に、アルムは首をひねって横を見た。
マリスは空を眺めたまま、静かにこう言った。
「国の東に住む人達がどんな風に暮らしているかなんて、考えたことがなかったから」
アルムも空を見上げて「うん」と頷いた。
砂漠の暮らしは過酷だ。という知識はあったが、それがどんなものか想像したことはなかった。
もしも、マリスが誘拐されてアルムがここに来なければ、何年か後にハールーンは谷底に身を投げていたかもしれない。
そう考えると、ダリフのしたことが結果的にハールーンを救ったことになる。
「ところで、アルム」
「んー?」
「どうやって上に戻るの……?」
アルムは少し考えた後で、石窟の入り口に置いてきたベンチを呼び寄せた。
***
体力は尽きているが魔力は尽きていないと豪語するアルムが空飛ぶベンチを往復させて全員をオアシスに送り届けた後、アルムがマリスとエルリーと共に休ませてもらっている間にヨハネスはハールーンと話し合いを持った。
ハールーンは意識を取り戻したダリフを伴ってヨハネスに頭を下げた。
動機がどうであれ、ダリフは王子を殺し聖女を拉致監禁して砂漠の民の益のために働かせようとしていたのだ。王族殺害はたとえ未遂でも大罪だ。身柄を引き渡さないわけにはいかない。
「すまぬな、ダリフ」
ハールーンはこれが永遠の別れになるであろう従者に心の底から申し訳ないと謝罪した。
「わしがもっと、母上のように強く潔い人であったら、おぬしにこんなことをさせなかっただろうに」
「ハールーン……」
「覚悟は決まっていると言いながら、母上のように毅然とできず、自分の弱さを嘆いてばかりいたわしのせいじゃ」
「そうじゃない! 俺が……っ」
ヨハネスは主従のやりとりに口を挟んで止めた。
「そちらの言い分は後で聞こう。俺は俺の見たとおりのことをワイオネル様に報告しなければならない」
ダリフは唇を噛んで黙った。ハールーンも口を引き結んでヨハネスを見る。
ヨハネスは大きく息を吸って、はっきりした声で話し始めた。
「聖女アルムは神官職試験を受ける友人のために、特級神官である俺に指導を頼んだ。俺はその頼みを聞く代わりに、聖女アルムに渇きの谷の浄化を依頼した。見事に瘴気を浄化した聖女に、砂漠の王子とその従者は深く感謝し、今後の友好を誓った」
ハールーンとダリフが目を丸くしてぽかんと口を開けた。なにを言われたか理解できなかったようだ。
「砂漠の王子と従者が王都へ帰る一行を見送って、めでたしめでたし、だ」
「……そんな作り話でいいのか? 聖女が浄化した地に住む資格はないと、わしらを追い出すこともできよう」
ヨハネスは「ふん」と鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「そんな結末じゃあ、アルムに嫌われちまう」
ハールーンやダリフを処刑したら、非常に後味の悪い結末になるだろう。
それに、砂漠の民との間に火種を残すのは、即位間近のワイオネルにとって好ましくない。ここはなにもなかったことにして恩を売り、今後の友好関係を築く足がかりにするべきだ。
「この結末に言いたいことはあるか? ハールーン・エメ・アーラシッド」
「……いや、感謝する。ヨハネス・シャステル。そして、聖女アルム」
ヨハネスとハールーンはがっちりと握手を交わした。
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