第47話 守り人




「谷底の瘴気が生む風を抑えるために、オアシスが枯れないように、光の魔力を持つ者が犠牲になってきた――違うか?」

「……違う」


 ヨハネスの推論に、ダリフは憎しみに顔を歪めて否定した。


「ダリフ……わしのために」

「違う!」


 吠えるように叫ぶダリフを見て、アルムははっと気づいた。


「もしかして、次に生け贄になるのはハールーンと決まっている、とか?」


 マリスを捕えている男女がぎくりと震え、ダリフは射るような目つきでアルムを睨みつけてきた。


「そうか。それでヨハネス殿下をハールーンの身代わりにしようと……」


 大恩ある主と、憎いシャステル王家の王子。

 どちらを犠牲にするかと問われたら、考えるまでもないだろう。


「ダリフ……ミリアムとメフムトに頼まれたのだろう? わしを助けてほしいと……」

「……違う」

「あのふたりが関わっていることは、もうわかっているんじゃ。だから……」

「違う! 決めたのは俺だ!」


 ダリフが叫んだ。


「……数十年に一度、光の魔力を持って生まれた者が『守り人』となって、谷底に身を投げる……でも、谷底からの風は、年々強くなる一方で、前回の『守り人』は、その前から二十年足らずしか経っていなかったと聞いた……このままじゃあ、あと数年で『次』が来る……!」


 うつむいたダリフの目からぼろぼろと涙がこぼれた。


「俺は嫌だ!」 そんなの……っ」

「ダリフ……」


 ハールーンが足を踏み出し、ダリフに歩み寄った。

 震える肩に手を置いて、優しく言い聞かせた。


「十年前、母上が『守り人』となった時に、わしもいつかそうすると心を決めておる」

「でもっ、お前は『次』じゃなかったのに……!」

「次の『守り人』に決まっていた叔父上が、二年前に病気で亡くなった。あの時から、考えていたのか?」


 ダリフは子供のようにしゃくり上げる。


「ハールーン、お前は……普段はどうでもいい泣き言ばかり言うくせに、肝心なことはひとりで静かに受け入れて、怖いとも嫌だとも言ってくれない!」


 悲痛な叫びが谷に響いた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る