第42話 乗り換え
「乗っているだけでいい」と言われた通り、アルムが手綱を捌かなくともラクダはきちんとハールーンの乗るラクダの後をついて歩いてくれている。
しかし、初めて見る動物に乗るのはやはり少し怖い。アルムの前に座ったエルリーはこぶにしがみついて楽しそうだが。
進めば進むほど風が強くなるので、アルムは二頭のラクダの周りに結界を張っている。そのためラクダの歩みは順調なのだが、馬のようなスピードは出せないのでちょっともどかしい気もする。
「あの、ダリフさんがヨハネス殿下をさらった目的ってなんですか?」
アルムは前を行くハールーンの背中に問いかけた。
ダリフがシャステルの人間を憎み嫌っているのは確かだろうが、少なくとも彼は悪人には見えなかった。アルムの目には、ただハールーンを守ることだけを己の使命としている男のように見えたのだ。
応えは返ってこないかとも思ったが、長い沈黙の後でハールーンは前を向いたまま喋り出した。
「昔……オアシスは今よりもっと大きかった。わしの祖父が子供だった頃は、小さいけれど湖もあったと聞いておる」
ダリフのことを聞いたのに、何故かオアシスの話を始めるハールーンに、アルムは眉をひそめた。
「わしには叔父がいてな。二年前に病気で亡くなってしまったが、死の間際までわしを気にかけてくれておった」
今度は叔父の話だ。
「それって、ダリフさんの動機に関係ありますか?」
「ある」
少し呆れて尋ねると、はっきりとそう言われた。
「ダリフは……わしを守るために――」
言葉の途中で、ハールーンがはっと顔を上げた。
「あれは……」
ラクダを止めたハールーンの視線を追うと、遠くの方に幾筋もの巨大な黄色い柱が立っているのが見えた。
「旋風だっ……まずい!」
「大丈夫ですよ。結界を張っているので」
「そうじゃない! あれがオアシスを直撃したら……っ!」
ハールーンはオアシスに戻ろうとでもするようにラクダの向きを変えたが、今からラクダで戻っても旋風の方が早いだろう、絶対。
それでも戻ろうとせずにはいられないほど、オアシスとそこに生きる民が大切なのだろう。
アルムもオアシスの方を向いて、そちらに手をかざした。
「よっ!」
遠くに見えるオアシスの緑の前で、ずごごご、と轟音を立てて砂が盛り上がり、巨大な壁となった。
オアシスめがけて進んでいった旋風は壁に当たって砕けて砂を撒き散らして消える。
「これで大丈夫! 進みましょう!」
「あ、ああ……すごいな、おぬしの魔力は。本当に」
ハールーンが泣き笑いのような表情でそう呟いた。
その時、不意にがくんっと体が揺れて、アルムは「おわっ」と叫んでエルリーを抱きしめた。
なにが起きたのかと焦ったが、ラクダがその場に座り込んだだけだった。
「びっくりしたあ……おーい。まだ休憩じゃないよー」
「……駄目だな、これは」
座り込んでしまったラクダに、ハールーンは早々に諦めて背から下りる。
「悪いが、ここからは歩きだ。渇きの谷の付近は命が存在しない死の砂漠。生き物は本能から近づきたがらない」
ラクダ達は危険な場所にこれ以上近寄ることを拒否したらしい。アルムとエルリーもラクダから下りると、ハールーンが荷物を担いで歩き出そうとする。
「あ、ちょっと待ってください。――カモン、ベンチ!」
オアシスで、荷馬車の横に待機させておいたベンチを呼び寄せたアルムは、エルリーを膝にだっこして腰掛けた。
ヨハネスにも隣に座るように言うと、彼は少しの間逡巡する様子を見せたがなにも言わずに腰を下ろした。
アルムはベンチを浮かせて、砂の上を滑るように移動し始めた。
「最初からこっちの方が早かったな~」
「……すごいな、本当に……すごい魔力だ……」
ハールーンが小さな声で「なぜ……」と呟いた言葉は、アルムには聞こえなかった。
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