第43話 決めようぜ。真のヒロインが誰なのかを
どれくらい時間が経ったのか、夜はとうに明けているだろうが地下では太陽の位置がわからない。
アルムはもうヨハネスが連れ去られたことに気づいているはずだ。アルムなら迷わず渇きの谷を目指すと、ヨハネスは信じていた。
マリスはさすがに疲れているようだが、泣いたり騒いだりもせず、ヨハネスが意識のないふりをしているのを理解して話しかけてもこない。内心は不安でなんでも尋ねたいだろうに。
(怠さは取れてきた……魔力も少しは戻ったか)
本調子とはいかないが、瘴気の影響は少しずつ抜けてきている。
しかし、「早くやっちまおう」という割にはヨハネスの魔力の回復を待たなければならないということは、殺す前に魔力を使ってなにかをさせたいのだ。
(でも、もともとアルムをさらうつもりだったんだから、光の魔力を使ってなにかしたいなら、アルムにやらせればいいだけなのに……まさか)
嫌な予感が胸をよぎって、ヨハネスは背中に冷たい汗をかいた。
その時、足音と気配が近づいてきて、誰かが横に立ってヨハネスを見下ろした。
「まだ目が覚めないのか。光の魔力が多いほど回復は早いはずだが」
ダリフだった。目覚めないことを怪しまれている。
(時間稼ぎも限界か……これからどうする?)
目覚めていると知られた後でなにが起きるかを予測しようとするヨハネスの頭上で、ダリフが冷たく言い放った。
「おい娘。王子と話したか? 起きたのを見たか?」
「――、いいえっ」
マリスは硬い声で答えた。
「本当か? 指の一、二本折ってやれば、答えが変わるんじゃないのか?」
(こいつ――っ)
ヨハネスはがばりと身を起こした。ダリフは驚く様子もなく「ふん」と鼻を鳴らす。
「マリスに手を出すな。アルムに空中でぐるぐる振り回されたくなければな」
「そうよ! 絶対にアルムが助けに来てくれるんだから!」
ヨハネスの警告に乗っかるように、マリスも勢い込んで言った。
「アルムは私を助けるために、ヨハネス殿下を連れて砂漠まできたのよ! ここにだって、すぐにやってくるに違いないわ!」
「ああ。朝起きたら俺がいなくてさぞびっくりしただろうからな。きっと懸命に捜してくれているだろう」
マリスは自慢するように胸を張り、ヨハネスは噛みしめるように頷く。
「でも、とっても心配させちゃったわよね」
「無事な姿を見せて安心させてやらなければ」
「……殿下? アルムは私を助けに来るんですよ」
「あー、そうだな。でも、一緒に砂漠まで歩んできたのは俺だから」
マリスがにっこり笑顔でヨハネスを見る。ヨハネスも口角を上げて目を細めた。
「敵に捕らわれて主人公に救い出されるのはヒロインの役目でしょ? つまり、私がアルムのヒロインってことです!」
「ふっ。そのヒロイン像はちょっと古くないか? 主人公と協力し苦楽を共にして成長していくヒロインの方が現代は支持されるぞ。そんなヒロインがピンチに陥った時にこれまで培った主人公との絆が窮地を救う……つまり、真のヒロインポジションは俺だ!」
「おい」
「異議あり! 主人公と一緒に戦うヒロインは最後には相棒ポジションで終わることが多いです! 私こそが主人公と結ばれる王道ヒロインポジション!」
「片腹痛いわ! 王道系とか今時流行んねーんだよ! ひねりの利いたアイディアがない物語なんてとっくに飽きられてるんだよ!」
「なんですって! 王道あってこその邪道! それに、目新しい物語のどんどん複雑化する設定に疲れて、結局は皆シンプルな王道系に還ってきます!」
「王道だのシンプルだのと言うと聞こえはいいが、要するに『どこかで見たような話』じゃねえか!」
「おい、お前ら」
「アルムのような素直な子は王道系ヒロインを応援するわよ!」
「いいや、アルムは自分で道を切り開く力を持ったヒロインに共感する!」
「いい加減に」
「そこまで言うなら覚悟はよろしくて?」
「いいだろう。かかってこい」
「「決めようぜ! どちらが真のアルムのヒロインか!」」
「なんだ、こいつら……」
伯爵令嬢と王子の間で勃発したヒロインの座を巡る争いに、ダリフは溜め息を吐くのも忘れて立ち尽くした。
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