第31話 マリスのために
ハールーンの前まで来ると、弟妹はラクダを下りて主従に駆け寄った。
「ダリフも大儀であった。道中で兄上様が『砂になりたい』とか『わしはサソリの尾より価値のない人間だ』とか『わしなんて不味くてハゲワシもたからない』とか言い出したんじゃないか?」
「概ねそのようなことは言っていたが、慣れているので問題ない」
「兄上様! ミリアムは兄上様がいない間ずっと――」
ハールーンに抱きついて話しかけていたミリアムの目が、ふっとアルムを捉えた。その表情が凍りつく。
「あ、兄上様がシャステルの女を連れ帰ってきたああっ! なんてこと! この女、よくも兄上様をたぶらかしたわね!!」
「ええ!?」
とんだ濡れ衣を着せられて、アルムは思わず後ずさった。
ミリアムは猫のように目をつり上げてアルムを睨みつける。突然怒鳴られて目を白黒させるアルムの後ろから、エルリーがひょこっと顔を出した。
「たぶらかすって、なーにー?」
「なんてこと! もうひとり女がいるじゃないの! シャステルのハイエナ共め! 兄上様は渡さないわよ!」
「はーるんとエルリー、仲よしだよ?」
「きーっ! なんですって!? シャステルの女の分際で、私の兄上様を誘惑しようだなんて絶対に許さないわ!」
「ええ……?」
アルムだけではなくエルリーにまで悋気を爆発させるミリアムに、アルムはどん引きした。
「落ち着くんだ、ミリアム」
「メフムト兄様! でも、シャステルの女達がっ」
「よく見ろ。ふたりとも色気など皆無じゃないか。兄上様がこんなちんちくりん共にたぶらかされるはずがないだろう」
「それもそうね……」
「……」
アルムは無言ですっと手をかざした。
「落ち着けアルム! 吹っ飛ばしちゃ駄目だ! マリスのために耐えろ!」
ヨハネスに羽交い締めにされて止められ、アルムは怒りにぷるぷる震えながらも砂漠の兄妹を吹っ飛ばすのをなんとか堪えたのだった。
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