第32話 オアシスの集落
遠目からはわからなかったが、近づいてみると土と同じ色をした小さい家がいくつも並んでいるのがわかった。
それから、動物の姿が多い。ラクダの他に、ヒツジ、ヤギの群と数頭の牛が見える。
「あ! ハールーン様!」
「おかえりなさい、ハールーン様!」
ハールーンの姿をみつけた子供達が駆け集まってきた。
「皆、心配をかけたな。わしのような卑小な存在を気にかけてくれてありがたい……」
「後半の自己卑下はいらん」
ハールーンとダリフを囲む子供達を少し離れたところから見ていたアルムは、肌の色の違う子供達が混じっているのに気づいた。
褐色の肌の子供達の中に、日に焼けてはいるがもともとは白い肌だとわかる子が二、三人いる。
「皆、後でな。まずは長に報告をせねば」
まとわりつく子供達を制して、ハールーンがこちらに視線を寄越した。
「ついてこい。長に会わせる」
ハールーンの視線を追って、アルム達の存在に気づいた子供達が顔をこわばらせた。
「こいつら、シャステルの連中だ!」
誰かが叫んだのを機に、わっと散る。
「なにしにきたんだ、あいつら」
「ハールーン様になにかしたら石をぶつけてやる!」
散り散りに逃げた子供達は家の陰などに隠れてこちらの様子をうかがっていた。子供からこれだけ敵視されているということは、大人は言わずもがなだろう。さっきからあちらこちらから視線が刺さるのを感じる。
アルムはこめかみを押さえつつハールーンの後に従った。
土と石でできた家は皆同じに見えるが、ハールーンは少しも迷わずにそのうちの一軒に入った。
「ただいま、戻りました」
「うむ……」
ハールーンについて家に入ると、しわがれた声が聞こえた。
奥の部屋に分厚い敷布が敷かれていて、幾重にも垂れ下がった帳の向こうに長がいるようだ。
「こちらはシャステルの神官ヨハネス殿と聖女のアルム殿です」
「聖女……?」
いつの間にかついてきていたミリアムが、アルムをまじまじと見て呟いた。
「お初にお目にかかる。アーラシッドの族長タリマン殿。故あって訪ねて参った。しばしの間この地に立ち入る許しを願いたい」
ヨハネスが前に歩み出て奥の間に声をかける。それに対する応えは「……うむ」という弱々しい一声だった。
短い挨拶だけを終えて、ハールーンはすぐにアルムとヨハネスを族長の家から追い出した。
高齢であまり長く話すのは負担になるとのことだ。
「族長って、ハールーンのおじいさんだよね?」
お父さんとお母さんはどこにいるのだろうと思いながら何気なく尋ねると、ハールーンは「そうだ」と素っ気なく答えた。
「父も母も十年以上前に亡くなっている。次の族長になるメフムトは頑健で聡明だが、まだ幼い。お爺様にまだがんばってもらわなければ」
ハールーンの呟いた言葉に、アルムは首を傾げた。
「次の族長はハールーン殿ではないのか?」
アルムと同じことが気になったらしいヨハネスがそう尋ねた。
「まさか。わしのような虫けらが族長になどなれるはずがない。身の程を知れと天罰を落とされるに決まっておる」
本気で言っているのかどうかわからないが、そんな理由で辞退できるものなのか、族長って。と、アルムとヨハネスは顔を見合わせて思った。
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