第29話 信頼を得るために




 山越えで疲れた馬を少し休ませることになり、アルムは馬から下ろされたエルリーに近づいた。


「エルリー……」


 顔を上げたエルリーはアルムをじっとみつめて口を開いた。


「あーるぅは、はーるんと仲よし、したい?」

「え? う、うん」


 アルムが頷くと、エルリーは小さな拳をきゅっと握りしめた。


「じゃあ、どうして仲よししたいか、ちゃんと言って!」

「え?」

「はーるんは仲よしできない理由、ちゃんとお話してくれたでしょ? だから、あーるぅもちゃんとお話しなきゃだめだよ!」


 エルリーの訴えに最初は戸惑ったアルムだったが、言われたことを噛み砕こうとしてはたと気づいた。


 ハールーンの側から見れば、今の状況は『友好関係にない相手が目的も明かさずに自分たちの大切な生活の場に乗り込もうとしている』という図になるのか。


 それは確かに、警戒されて当たり前だ。


「……そうだね、エルリー。ちゃんとお話しなくちゃね」


 アルムはうんうんと頷いた。


「なにを話しているんだ? アルム、エルリー」

「ヨハネス殿下……あの、提案があります!」


 オアシスに着く前に、ハールーンとダリフにはきちんと伝えておくべきだろう。アルムはそう考えなおした。


「ハールーンとダリフに、私達が砂漠に来た目的を話しましょう!」


 アルムが言うと、ヨハネスは怪訝そうに眉根を寄せた。


「マリスがさらわれたことをか? しかし、それは……」

「理由がわかれば、私達を受け入れてくれるかもしれません」


 なんの事情も説明せずにここまで来てしまったから、自分達の平穏を壊すのではないかと疑われているのだ。そうではないと安心させる必要がある。


 しかし、ヨハネスは難しい顔つきになった。


「だが、マリスをさらった犯人が砂漠の民だったらどうする?」


 アルムを狙った理由もヨハネスを渇きの谷へ呼び出す目的もわからないが、誘拐が援助と同じタイミングで行われたこともあり、疑わないわけにはいかない。ハールーンとダリフが仲間と連絡を取っている様子は見られないが、砂漠の民の中に犯人がいたとしたら、このままアルムが姿を現せば動揺するはずだ。怪しい動きをするものがいないか、注意して観察する必要がある。

 疑う要素がある以上、ハールーンやダリフにマリス奪還の協力をさせるつもりはないし、わざわざ情報を渡す意味がないだろう。


「ハールーンはいい人だと思います。エルリーが懐いているもの」


 アルムはハールーンに駆け寄っていくエルリーの姿をみつめてそう言った。


「私は、ハールーンを信頼して協力してもらった方がいいと思います! マリスを無事に助け出すためにも!」

「信頼、か。確かに、向こうからの信頼を得たければ、まずこちらが信頼していると示すべきか」


 ヨハネスも昨夜のハールーンの堂々とした態度を思い返して考えを改める。子捨てへの憤りは本物だったし、民を想っているのが伝わってきた。彼が愛する民に少女を人質に取れと命じたとは思いたくない。


「わかった。ハールーンとダリフには真実を伝えよう」

「はい! では早速――あのー! ちょっとお話が!」


 アルムは砂漠の主従に呼びかけ、自分達がここに来た理由を説明した。


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