第28話 山越え時短アイディア



 ベンチに乗って浮かびながら、アルムは先頭を行くハールーンの背中を恨みがましくみつめた。


(うう……エルリーをとられた~)


 エルリーはハールーンの前に乗せてもらっており、アルムの元へ戻ってくる気配がない。

 エルリーに一番懐かれているのは自分だと思っていたのに、とアルムは思いがけないライバル登場にきりきりした。


 このままではいけない。いいところを見せてエルリーの関心を引かねば。


「よーし、山を登るぞ。足場が崩れると危険だから慎重にな」


 山の出入り口を前にして、兵士達が荷馬車を押せる位置に陣取る。ぞろぞろと続けて登ると事故が起きた際に被害が大きくなるため、何台かにわけて十分な距離をあけて登るように指示を飛ばすヨハネスを見て、アルムは「これだ!」と思いついた。


「ヨハネス殿下! 私にまかせてください!」

「アルム?」


 アルムはベンチから降りて荷馬車に手をかざした。


「それ行けー!」

『うわあああぁぁーっ』


 すべての荷馬車が浮いたかと思うと、ぐんぐんと空高く昇っていき山の向こうに見えなくなった。一緒に飛ばされた御者の悲鳴が遠ざかっていき、やがて聞こえなくなった。


「よし次!」


 次に荷馬車の消えた方を眺めて呆然としていた兵士達を全員浮かせて、荷馬車と同様に山の向こうに運ぶ。


『うわあああぁぁぁーっ』


 悲鳴が遠ざかっていく。


「ふう。次はあなた達の番です。じっとしていてください」

「ひぃっ……とうとう本性を現しおったな! このままではわしも山の向こうに葬られるっ……」


 うっかり獲物をしとめる悪役風な台詞になったせいで、ハールーンが怯えだした。


「あー……アルム、荷馬車を運んでくれたのはありがたいんだが……」


 ヨハネスから『人は長い人生の山稜を地道に一歩ずつ歩んでゆかねばならない』と諭されて、結局普通に山を越えることになった。とはいえ、馬と浮くベンチなのでさほど時間はかからず、なんなく山向こうにたどり着いた。


 砂漠、という言葉から、アルムはどこまでも続く黄色い大地を想像していた。


 だが、降り立った大地は砂ではなく硬くひび割れた地面で、遠くの方には大きな河の流れと生い茂る緑が見える。

 山を越える前と明らかに違うのは風の強さだ。びゅうびゅう吹く風がスカートの裾をばたばたとはためかせるので、アルムは一行を結界で包んで風が届かないようにした。


「あの緑豊かなオアシスがわしらの生きる地じゃ」


 まっすぐに前を見て、ハールーンがエルリーにそう教える。


「おあしす?」

「ああ。わしらの祖先が守り抜いてきた大切な場所じゃ」


 ハールーンはそう言って愛しいものを見るように目を細めた。



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