第23話 悪意の衝動




 ふと、誰かに呼ばれたような気がして、アルムは辺りを見回した。


「どうかしたか、アルム」

「いえ……気のせいです」


 ヨハネスに呼ばれて我に返ると、アルムは中断していた作業を続行した。茶の木を生やし、葉を収穫し、乾燥させて、水を沸かして、お茶を淹れる。

 今は休憩中で、皆が思い思いの場所に腰掛けて休んだり談笑したりしている。近くに河がながれているので、砂漠の主従と兵士の半分は馬に水を飲ませに行っている。

 少し離れたところに馬を放した荷馬車が並べて置かれており、近くにいる兵士が時々荷が無事か確かめている。


「……ふう」


 エルリーのカップに角砂糖を入れてやってから、アルムは自分のお茶を一口飲んで息を吐いた。ちなみに、カップその他もろもろは全部アルムの『容量無制限鞄』から出した。


 なんとなく荷馬車を停めている辺りを眺めていると、ひとりだけ服装の違う兵士がいるのに気づいた。


(ああ。全裸の人か)


 詳しくは知らないが、突然服がはじけ飛んだと聞いた。おそらくは伯爵家で代わりの服を借りたのだろう。


 奇怪な目に遭ったのに任務を投げ出さずに偉いなあ、と思うアルムの横で、退屈になったエルリーが「ぷーぷー」と喇叭を吹き鳴らした。



 ***



 昨夜全裸になった兵士は苛立っていた。


(いったいなんなんだ! 聖女が連れているあのガキの仕業だったのか?)


 昨夜は突然全裸になった理由を問いつめられたものの、なにも答えることができなかった。積み荷に火をつけようとしていたことが公になるのを恐れた彼は、その場にエルリーがいたことも説明できず「いきなり服がはじけ飛んだ」という不可解な説明を繰り返すしかできなかった。


 全裸になっただけで外傷はないから任務は続行だし、蛮族の元へ行くという屈辱極まる任務なのに何故か第七王子までやってくるしで、兵士は腹の底の不満を抑えきれなくなっていた。


(こうなったら、これを使うしかない……)


 兵士は自分の荷物の中から手のひらに隠れるぐらいの大きさの黒いガラス玉を取り出してほくそ笑んだ。


 邪霊が封じられているという呪具だ。瘴気が封じられている呪具と共に闇市で入手したのだが、持ってきてよかった。全裸にされた仕返しに、せいぜい怖がらせてやるとしよう。


(邪霊封じの札も用意したし、積み荷をめちゃくちゃにしてガキをびびらせたら、札をぶつけて封印すればいい)


 そんな風に考えて、兵士は誰も見ていない死角でガラス玉を叩き割った。


 割れたガラス片の中から黒い影が飛び出して勢いよく宙に駆け上がり、見る間に岸のような出で立ちの男の姿に変わった。その口から、地の底から響くような怨嗟の声が絞り出される。


 あまりの迫力に、兵士は腰を抜かして後ずさった。


「なっ、なんだあれは!?」

「幽霊? いや、邪霊か?」

「何故こんな場所にっ」


 仲間達が異変に気づいて空を指さして騒ぎ始める。

 すると、邪霊が開いた両手を地上へ向けた。


 次の瞬間、邪霊の黒い両手の指が生き物のように伸び、地上の兵士達に襲いかかってきた。


「うわあっ!!」


 仲間達の悲鳴を聞いて我に返った兵士は、とっさに邪霊封じの札を投げつけたが、それは黒い刃と化した指に貫かれて紙くずと化した。


「なっ……」


 青ざめて震える兵士の目前に邪霊の指が迫り――


「危なーいっ!」


 少女の声と共に空に向かって放たれた光の刃が、邪霊の体をあっさり切り裂いたのだった。



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