第22話 荒涼とした風景




 ヨハネスと砂漠の主従は騎馬、荷馬車の御者と兵士以外は王都へ帰ってしまうため、アルムとエルリーが乗れる馬車がない。

 なので、アルムはベンチを浮かせてついていくことにした。

 砂漠の主従が前を行き、その後ろにヨハネスが続く。アルムとエルリーを乗せたベンチはヨハネスと荷馬車の間を進んでいた。


「おうまさん乗りたーい」


 エルリーが前を行く馬三頭を指さして言う。


「後でヨハネス殿下に乗せてもらおうか?」

「やー。はーるんのおうまさんに乗るー」

「何故だ、エルリー!? 何故、俺じゃ駄目なんだ!」


 エルリーの声が聞こえたらしく、ヨハネスが少し振り返って嘆いた。


 道はまっすぐ平坦で、木がまばらに生えている他に見渡す限りなにもない。地面は固くひび割れていて、乾いた風が吹いている。

 きっと、夏は太陽の光が容赦なく地面を焦がすのだろう。


(東の方はこんなに寂しい土地だったんだ……)


 荒涼とした風景に、アルムは砂漠はここよりもさらに過酷なのだろうかと考えた。

 そして、東に連れ去られたはずのマリスを思って胸を痛めた。


 ちゃんと水は飲ませてもらっているだろうか。乱暴に扱われていないだろうか。


 そんなことを考え出すと次から次に心配事が浮かんでくるし、延々と続く荒野の風景のせいもあって気が滅入ってくる。


(えーいっ、暗い気持ちを吹き飛ばそう!)


 アルムは円を描くように両手を振って、見える範囲すべてに花を咲かせた。


「うわっ!?」


 突如出現した色とりどりの花畑に、あちこちから驚きの声といななきが聞こえてくる。


「な、なんだ! 突然一面が花畑に……はっ! そうか、お迎えが来たんじゃな。わしの命もここまでか……」


 ハールーンがなにか誤解して震えているが、アルムは気にせず花の香りを吸い込んだ。深呼吸を繰り返すと少しは気分転換になる。


(マリスが試験に合格したら、たっくさん花を咲かせてお祝いしよう)


 アルムは楽しい未来を思い描いて、沈みそうになる気持ちを吹き飛ばした。



 ***



 マリスは男の背に負ぶわれて斜面を下っていた。


「もう少しで山を下ります。辛抱してください、聖女様」


 風が強いからと、マリスは頭から布を被せられているが、先ほど山の頂上付近から見下ろした時、一面に広がる不毛の大地と点在するオアシスを目にした。

 そこでようやく、マリスにも彼らの目的地がわかった。


(ハガル砂漠……ずっと東に向かっていたのね)


 ということは、彼らはおそらく砂漠の民だろう。過酷な砂漠の暮らしに耐えきれずに、盗賊に身を落とす者は多いと聞いたことがある。誘拐もやってのけるに違いない。


(しかし、まずいわ。砂漠に入られたら、まずみつけてもらえなくなる)


 マリスは内心焦っていた。王都では皆がマリスを捜してくれているだろうが、捜索の手を広げたとしても砂漠にまで足を踏み入れてマリスを捜してくれる人はどれくらいいるだろう。


 砂漠に入ったら絶対に逃げられなくなる。今のうちに逃げ出せ、と何度も逃亡が頭をよぎったが、マリスの足では捕まって終わりだ。もしも捕まらなかったとしても、辺りは荒涼とした大地しかない。すぐに野垂れ死にする。


(アルム……)


 もはや、マリスの希望はとんでもない力を持つ元聖女の友人ただひとりだった。


 あの友人なら、なにか不思議な力を使ってマリスの居所を突き止めてくれそうな気がする。


(助けてアルム、私はここよ!)


 マリスは心の中で友人に呼びかけた。


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