第21話 とんでもない疑い




 長い沈黙の後で、先に視線を外したのはダリフだった。


「――まあいい。なにが起きてもこちらのせいにしないというなら、好きにすればいい……」

「駄目だ」


 ダリフの小馬鹿にしたような口調を、凛とした声がさえぎった。


 いつの間にか立ち上がっていたハールーンが、赤い瞳を怒らせてヨハネスを見据えた。


「シャステルの王族と並んで歩くことなどできぬ。我が一族の誇りを汚す行いだ」


 さっきまで震えていたのと同じ人物とは思えぬほど、まっすぐに立ってヨハネスを威嚇するその姿は獅子のように勇ましかった。


(……ものすごく嫌われている)


 アルムが話しかけるだけでも怯えて自虐に走るハールーンが、こんなにもはっきりと拒絶するほど砂漠の民との仲が悪いとは、想像以上だ。


 ハールーンの怒りを見て、アルムは困ったなと思った。

 荷馬車が壊れたままならアルムが浮かせて移動させるのを同行の理由にできたが、兵士達の頑張りで修復は終わっている。


「……まあ待て、ハールーン。断ったことで難癖をつけられてもおもしろくないだろう」


 ダリフがハールーンの肩を掴んでなだめるように言った。


「勝手についてこさせればいい。なにが起きても俺達には関わりがないことだ」

「じゃが、わしは皆を守らねば……」


 ダリフの言葉で幾分か冷静さを取り戻したのか、ハールーンは目を伏せた。


「そうだ。連中の目的は知らないが、砂漠でなにかしでかそうというなら、俺とお前で皆を守る。それだけだ」


 ダリフがそう言い聞かせると、ハールーンは忌々しげに歯を食いしばりながらも首を縦に振った。


 敵意はそのままだが、とりあず砂漠までついていくことは許されたようだ。

 アルムはほっと胸を撫で下ろした。


「はーるんのおうちって、遠いの?」


 それまでの刺々しい空気を一変させるような明るい声がして、エルリーがハールーンの上掛けの裾をくいっと引っ張った。


「そうじゃの……ここからまっすぐ東へ走って、山をひとつ越えなければならぬ」

「おやま! 登る!」


 初めての山登りにテンションの上がったエルリーが、手をばたばたさせてハールーンの周りをくるくる回る。

 そのエルリーをじっと見ていたダリフが、なにを思ったのかアルムとヨハネスに疑いのまなざしを向けてきた。


「この子供も連れていく気か?」

「ええ。まあ」


 知らない人間に預けるわけにはいかないので、置いていくことも使者と一緒に王都へ帰すこともできない。連れていく以外にないのでアルムはそう答えた。


 すると、ダリフは目をすがめて疑いを口にした。


「まさか、砂漠に捨てるつもりじゃないだろうな」


 アルムは一瞬なにを言われたかわからずに目を瞬かせた。


(捨てる……捨てる? なにを……)


 アルムの視界の中をエルリーが楽しそうに走り回っている。


 大分間をあけて、アルムは「はあ!?」と声をあげた。


「なんてこと言うんですか!?」


 思わず怒鳴ってしまったが、当然だろう。

 この男は、アルムとヨハネスが砂漠にエルリーを捨てていくのではないかと疑ったのだ。


「違うならいいんだが」

「違うに決まっているでしょう!!」


 アルムはぷんすか怒って否定した。

 ダリフはそんなアルムの怒りを無視して、謝りもせずにハールーンを連れて部屋を出ていった。


「む~!」

「あーるぅ、どしたの?」


 やり場のない怒りにじたばたとするアルムを、エルリーがきょとんと首を傾げて見上げていた。


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