第19話 不審な出来事
翌朝、アルムとエルリーが朝食の席に着くと、伯爵と使者の姿はなくハールーンとダリフだけが座っていた。
「昨夜の返事だが、こちらは聖女の身の安全を保証しない。なにがあっても砂漠の民の責ではないという約束であれば同行を許す」
朝の挨拶をすると、ダリフからは突っ慳貪な言い方でそう返ってきた。
「ありがとうございます!」
「ますー」
アルムが勢いよく御礼を言うと、エルリーも小さく頭を下げた。ハールーンが「やっぱりいやじゃあぁ~」と呻く声が聞こえるが無視した。
「どうせ、途中で根を上げるだろうが」
ダリフがふっと嘲笑を浮かべて、ひとりごとを装って呟いた。
アルムはむっとしたが、ここで諍いを起こすわけにはいかないので聞き流すことにした。世間知らずな娘の無謀な冒険心とでも思われているのだろうが、詳しい事情を聞かれなくてすむのなら好都合だ。
そこへ使用人が朝食を運んできたが、伯爵と使者はまだ姿を見せなかった。どうやらなにか問題があったようで、先に朝食をすませてほしいと使用人から言づけを伝えられた。
ちょうど食べ終える頃に慌ただしく食堂に入ってきた使者に尋ねてみると、昨夜不審な出来事があったために警戒しているのだという。
「なんでも、昨夜ひとりの兵士が突然全裸になるという異変がありまして、ここら辺りに怪しい人物や邪霊が潜んでいないか兵士達が調べております」
「全裸に!?」
いったい何故そんなことに、とアルムは目を丸くした。
この辺りに怪しい人物や邪霊が潜んでいたとして、なにが目的で兵士を全裸にしたというのだろう。
「この辺りって、そんな不気味なことが起こるんですか?」
「いえ、伯爵によるとそんな事件は初めてだそうで……当の兵士も動揺しているのか、なにがあったのか口をつぐんでおりまして」
「はーるん、パンあげるー」
「やめろ……わしに施す価値などない。庭の雀にやった方が遥かにこの世のためになる……」
エルリーはどうやらハールーンが気に入ったらしく、自分のパンを食べさせようとしてダリフに止められている。
もう少し辺りを見回るので出発は少し遅れると言い置いて、使者は食堂を出ていった。
「気味の悪い事件が起きて、伯爵家の人も怖いでしょうね……出発まで暇だし、庭でも見てようかな。その前に、水を補充してあげよう」
アルムはパンを握るエルリーを連れて、まず城の中を歩き回って目についた水差しや水瓶を魔力で生み出した水でいっぱいにしてやった。雨が少なく水が貴重と言っていたから喜ばれるだろう。
それから庭に出たが、庭と言っても緑豊かな芝生などはなく、赤土のむき出しの地面にうっすら砂が積もっている有様だ。
今が冬だからというわけではなく、この庭は一年中こんな風に殺風景なのかもしれない。
王都と違って雪がないが、風が強いので外にいると体の熱が奪われる。アルムは周囲に結界を張って屋敷の周りを眺めながら歩いた。エルリーはアルムの隣を歩きながら、小さくちぎったパンを撒いている。ちらほらと小鳥が集まり始めた。
「砂漠はもっと風が強いのかなあ」
砂漠というと灼熱をイメージするが、冬の砂漠はどうなのだろうと考えながらてくてく歩いていくと、城の正面の丘を一頭の馬が登ってくるのが見えた。
「アルム! よかった、追いついた!」
馬上のヨハネスはめざとくアルムの姿をみつけて笑顔で手を振ってきた。
がきん!
「ウニるな!!」
思わずウニ化して引きこもってしまったアルムに、ヨハネスが勢いよく突っ込みを入れた。
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