第18話 元聖女は砂漠を目指す




 果物を食べる分だけ籠に入れて食堂へ戻り、アルムはハールーンの様子をうかがった。

 彼は何故か神妙な顔つきでイチゴを摘んでいる。隣のダリフは果物には手をつけずに黙り込んでいる。


 なにを考えているのかわからないが、切り出すタイミングは今しかないだろうとアルムは息を吸い込んだ。


「あのっ、実は砂漠に行きたくて……私を砂漠に連れていってくれないでしょうか!」


 アルムが言うと、ハールーンがびくっと震えてイチゴがぽろっとこぼれ落ちた。


「聖女様? なにをおっしゃっておられるのですか」


 使者が驚きに腰を浮かし、摘んでいたブドウがぽろっとテーブルに転がった。


「ヨハネス殿下の許可は得ています!」


 使者の意見は第七王子の権力で封じておく。こういう時はあると便利、ヨハネスの権力。


「シャステルの聖女が砂漠に……そうか、罠じゃな! 親しげに入り込んできて我が一族の者をことごとく自らの信奉者にして、幼い弟と妹もいつの間にか聖女に魅入られてわしを蔑みの目で見るように……そして、わしは冤罪をかけられて追放され孤独な死を……」

「聖女を警護する用意などしていない。シャステルの貴族の娘が砂漠までの道のりに耐えられるはずがない」


 暗い想像をして頭を抱えるハールーンの横で、ダリフはきっとまなじりをつり上げてアルムを睨みつけた。


「物見遊山なら余所でやれ」

「自分の身は自分で守れます! 迷惑はかけません!」


 アルムは真剣な表情で身を乗り出した。物見遊山などではない。マリスの命がかかっているのだ。


「私が勝手についていくだけなので、気にしないでもらえればそれでいいです!」

「はーるんのおうちに行くの? エルリーも一緒に行くー」


 エルリーがうれしそうに笑ってハールーンの膝に手を置いた。ハールーンは頭を抱えたまま唸っている。


「なんじゃ? なにが目的じゃ? わしのようなゴミ虫を陥れてこれ以上惨めにさせたいのか? なんと非道な……」

「ハールーンが落ち込んだ。これ以上追いつめると『来世は砂になって風にとばされたい』とか言い出すからもう休ませる。今夜はこれで」


 ダリフが席を立ってうなだれるハールーンを連れて出ていった。


(むう。許可が取れなかった……)


 アルムは不満に口を尖らせたが、これ以上しつこくすると本格的にダリフの怒りを買いそうで黙るしかなかった。


 許可は取れなかったものの、アルムの意志は伝えたのだし、もし断られたとしてもこっそり後ろからついていくことはできる。


(ハールーン達に嫌われたとしても、マリスを助けるためには強引に行かないと!)


 アルムは無理矢理にでもついていくことを改めて決意し、エルリーを連れて客室へ戻った。

 客室の窓から見下ろすと、荷馬車の周囲を兵士達が走り回っているのが見えたので、アルムは窓を少し開けて荷馬車の積み荷に軽く結界を張っておいた。


 窓を閉める寸前に「服はどうした!?」という声が聞こえたような気がしたが、アルムは気にせずにあくびをしながら寝支度を始めた。


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