第15話 一般的な聖女っぽい言動
いろいろあったせいで引き渡しはうやむやのうちに終了してしまった。
ハールーンとダリフが去り、伯爵家の使用人に「お部屋にご案内します」と言われたところでようやくアルムは大事なことを思い出した。
「しまった。砂漠まで同行させてほしいって頼むの忘れてた~」
夕食の時に頼むしかないな、とアルムは溜め息を吐く。
アルムとエルリーが与えられた客室に入ると、使用人がたらいとお湯を運んできた。
旅の埃を落とせと言われたものの、この辺りは水が貴重でお風呂に入らないらしい。
「ちょっと王都から離れただけで大分違うんだな~」
エルリーの背中を拭いてやりながらアルムは呟いた。
アルムも一応軽く体を拭いて、服は浄化をかけて綺麗にする。
「使った分の水は戻しておこう」
アルムは魔力で水を生み出し水瓶を満たしておいた。
外はすっかり真っ暗になっている。アルムが窓に近寄ると、外にはランプを灯して荷馬車の修理にあたる兵士達の姿があった。
「そういえば、誰が荷馬車を壊したんだろう?」
早く東に行くことばかり考えていて気にしていなかったが、援助物資を運ぶのを誰かが妨害しようとしたということだ。
もしかしたら、王宮前広場でのことも同じ犯人による妨害工作だったのかもしれない。
「一応、後で積み荷に結界を張っておこうかな」
万が一、積み荷を駄目にされたら、砂漠の民との友好は築けなくなるし、アルムも砂漠まで連れていってもらえなくなる。
「マリスを助けるために積み荷を守るぞ! おー!」
「おー」
気合いを入れるアルムの真似をして、エルリーが右手を突き上げた。
***
干し肉を挟んだパンを口元に押しつけられ、手を縛られているマリスは仕方がなく口を開けて食いつく。
「すいませんね、聖女様」
マリスをさらったのは男女の二人組だった。
男は男爵家に侵入してマリスをさらった奴だろう。女の方は食事の用意やマリスの世話をしている。
最初は薬で眠らされ袋に入れられていたが、途中からは袋は外され薬も盛られなくなった。毛皮を着せてくれているし、たびたび「寒くないか」と尋ねてくる。
手は縛られているし猿ぐつわも噛まされているが、扱いは丁寧だ。
(これは……アルムだと、聖女だと思われているから気遣われているのよね?)
マリスは「人違いだ」と訴えるような愚は犯さなかった。
王都の外に運び出されて遠くに運ばれているのだから、たんなる身代金目当てではない。また、こちらに敬意を払うような態度からは、売り飛ばされるとも思えない。
理由はわからないが、彼らは聖女の力を必要としているのだろう。
聖女じゃないと知られた時、彼らがどんな態度に出るかわからない。最悪の場合、その場で殺される。
(人違いだとばれないように、アルムのふりを……聖女のふりをしなくちゃ!)
マリスはもぐもぐ口を動かしながら「聖女っぽい言動」を考えた。
真っ先に友人の元聖女を思い浮かべるが、あれはおそらく一般的な聖女ではない。ごく普通の聖女のイメージといえば、やはり静かに祈りを捧げる姿だろう。
しかし、マリスは祈り方など知らない上に、縛られているので手を合わせることもできない。
(祈り……「神はあなた方の罪を許します」とか言ってみる? いや、胡散臭いわ)
他になにかないかと考えて、信心深かった亡き祖母はいつも食前の祈りをかかさなかったことを思い出す。
(食前の祈りなら……もう食べちゃったから食後の祈りになるけど)
祖母はいつも「日々の糧を与えてくださりありがとうございます」と唱えていた。そして、食卓に載った肉や小麦に対して、「恵みをありがとう」と感謝するのだ。
(肉と小麦に感謝を……という内容を、もっと荘厳な感じで言えばいいのか。「私に食べられてくれてありがとう」……なんか違うな。もっと格調高く聖女っぽい言い方で……)
「では、そろそろ出発します」
マリスにパンを食べさせ終えた女が立ち上がった。
聖女っぽさを演じなければと考えていたマリスは、慌てて口走った。
「我が血肉となりし獣と黄金の実りの恵みにひれ伏すがいい!」
慌てすぎたのか、何故か聖女というより魔王みたいな言い方になった。女の目が点になる。
(間違ったー! 私のお馬鹿!)
マリスは体を折り曲げて恥ずかしさに「ぐおお」と呻いた。
「聖女様……お怒りはごもっともですが、呪いをかけるのは……いえ、我々はいくら呪われてもかまいませぬ。なんなら命を捧げても……」
マリスの言葉をなんらかの呪詛だと思ったのか、女が目を伏せて言う。
「ただ、あの方達には恨みを向けないでください」
(あの方達?)
マリスが顔を上げると、男が「もう出発するぞ」と言って女を呼んだ。
(こいつらの後ろに黒幕がいるのかしら?)
荷台に戻されたマリスは振動に耐えながら考えた。
そいつらは、聖女を手に入れてなにをしようとしているのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます