第14話 王子と幼女と元聖女
室内に緊張が走る。
今後の友好のために設けられた場で刃物が出された。
双方の平和的な雰囲気は壊れ、むき出しの敵意が冷たい刃から放たれる。
アルムはごくりと息をのんだ。
「……しまった! ついいつもの癖で吹っ飛ばしちゃった! ……世の中には吹っ飛ばしちゃいけない王子もいるんだった」
「いや、吹っ飛ばしていい王子っているのか?」
アルムの悔恨にダリフが突っ込みを入れた。
「せ、聖女様!」
「聖女アルム様を放せ!」
一連の流れに取り残されていた使者と兵士達が我に返って騒然となる。
ダリフの手がぴくりと震えた。
「聖女アルム……?」
アルムはおとなしく両手をあげて黙っていた。非は自分にある。王子は気軽に吹っ飛ばしちゃいけないものだ。そのことを忘れかけていた。
「だいじょーぶー?」
「うむ。背中を打っただけじゃ。……ダリフ、剣を納めよ」
エルリーに見守られながら立ち上がったハールーンが従者に命じる。ダリフはすっと剣を引き、アルムのそばから離れた。
アルムはほっと息を吐いた。殺気は感じられなかったものの、切っ先を突きつけられていては落ち着かない。
「えーと、すいませんでした」
とりあえず謝っておいたが、ハールーンはアルムを避けるようにしてダリフの後ろに隠れてしまった。
緊迫感は薄れたものの、使者と兵士達は聖女に剣を向けた砂漠の民にいきり立っているし、ダリフも主の前に立ち兵士達を牽制している。
これでは今日は物資の引き渡しは無理かと思われたが、エルリーがちょこちょことハールーンに歩み寄り、「はい」と手に持った紙を差し出した。
「おてがみにおなまえ書いてー」
いつのまにか手にしていた引き渡しの証明書に署名するように要求するエルリー。本人はお手伝いのつもりであろう。
幼子の予期せぬ行動に、室内の空気はほんの少しやわらいだ。
「幼子、名はなんと申す」
先ほどまではエルリーにも怯えていたハールーンだが、少しは落ち着いたのか見上げてくるエルリーに尋ねる。
「エルリー」
「そうか。エルリーは働き者じゃのう」
エルリーから紙を受け取ったハールーンがふっと微笑んだ。
「わしにもエルリーと同じくらいの年の妹がおっての」
「嘘つくな。ミリアム様はもう十三歳でしょうが」
懐かしむように目を細めるハールーンに、ダリフが呆れたように言う。
ハールーンは紙を署名台に置くと筆をとった。
「わしの帰りを待つ幼い弟と妹のために、早く帰らねばならぬ……署名をするぞ!」
「メフムト様はもう十四歳だ。そうやっていつまでも幼子みたいに接するから、最近はウザがられて……」
従者に苦言を呈されながら署名するハールーンを見て、アルムは「やっぱり王子って変な人が多いなあ」と考えた。
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