第19話 未知なるKAMABOKO




 ***


「よし、四階に下りるぞ」


 階段までたどり着いて、ヨハネスが先頭になって下りようとした。

 だが、その時、結界の外を覆った濃い瘴気が、突然に霧散した。


「あれ? 瘴気が消えた」


 アルムは驚いて辺りを見回した。

 あれほど大量にあった瘴気が一瞬で跡形もなくかき消えてしまった。ヨハネスとキサラも怪訝な表情で視線を動かしている。


「あれだけ消しても消しても湧いてきたのに、なんで急に……」

「こちらを油断させるつもりかもな。あるいは、敵の魔力が尽きたとか?」


 敵の目的はわからないものの、一刻も早く塔から脱出するべきだということに変わりはない。

 ヨハネスは改めて階段を下りようとした。

 その足がぴたりと止まる。


「殿下、どうなさいました?」

「……さっき、さんざん駄目出ししたからか。斬新な真似を」

「は?」


 階段の先をみつめて呟くヨハネスの肩越しに覗き込んだキサラもそのまま動きを止めた。


「……アルム」

「はい?」


 ぎぎぎ、と硬い動きでこちらを向いたヨハネスに呼ばれ、アルムは少し身構えた。


「魚は、好きか?」

「は?」


 唐突な質問にきょとん、とすると、こいこいと手招きされた。

 近寄って開口部から階段下を覗き込んで、アルムは絶句した。

 四階に水が満たされていた。


「い、いつの間に洪水が!?」


 つい先程まで、四階は水に浸かってなどいなかった。この短時間に水没してしまうだなんて、とうろたえるアルムの視界を、大きな影がゆったりと横切っていった。

 大きな灰色の魚だった。アルムの身長より大きな魚影と、水面から突き出た特徴的な背びれが滑るように動く。


「わあ! あんな大きな魚、初めて見ました! 美味しいのかな?」

「アルム、あれはサメだ」


 食卓に載るサイズのお魚しか見たことのないアルムが歓声をあげると、ヨハネスが神妙な顔つきで教えてくれた。


「サメ……おお! 『海賊船長ジョーナスの冒険』っていう小説の中に出てきました! 屈強な海の男が巨大なサメと巨大なタコと三つ巴の戦いを繰り広げて、最後は倒したサメとタコでKAMABOKOとTAKOYAKIという異国料理を作って人々を飢えから救うんです!」


 挿絵のない小説だったのでサメもタコも異国料理も想像するしかなかったが、サメがめちゃくちゃ凶暴で人を襲って食う恐ろしい魚だということはわかった。


「ん? てことは、このまま五階も沈んだら、私達はサメに食われるんですか?」

「冷静に恐ろしいことを聞かないでほしいんだが……よく見ろ。水没したんじゃなくて、別の空間に繋がっているようだ。塔の中はこんなに広くない」


 ヨハネスに指摘され、もう一度よく見てみると、確かに水の中にあるべき壁も床もみつけられなかった。水底は暗くなっていてよく見えない。そして、サメは一匹ではなく、いくつもの魚影が水の中をうようよと泳ぎ回っていた。


「本当だ。四階がなくなったんじゃなくて、五階と四階の間に異空間が差し込まれたみたい……」

「これも闇の魔法なのか? ……くそっ、いったいどうなっているんだ?」


 頭を抱えるヨハネスの横で、アルムは悠々と泳ぐサメの大群をじーっと眺めながら「KAMABOKOってどんな料理なんだろう?」と考えていた。



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