第12話 アルムの決意





 ***



「ふう……あれ? エルリーも来ていたの」

「あーるぅ!」


 ぱちりと目を瞬くアルムに向かって、エルリーが顔を輝かせて駆け寄ってきた。


「アルム!」

「どうしてここに?」


 ヨハネスとキサラは突然現れたアルムに驚きつつも、ほっと胸を撫で下ろした。アルムがいるだけで安心感が違う。


「アルム……俺が捕まったと聞いて駆けつけてくれたんだな。心配をかけてすまない。俺は必ずや疑いを晴らしてお前の元に帰……」

「ワイオネル殿下に頼まれて、ヨハネス殿下を暗殺から守るために結界を張りに来たんですけど……どうやら本当に狙われているみたいですね」


 早速妄言を漏らしたヨハネスを無視して、アルムはじっと天井を睨んだ。そこからまた瘴気が湧いて出てくる。


(どうやってこんな大量の瘴気を? いったいどこから?)


 不思議に思いながら、アルムはとりあえず結界を張ってからエルリーを抱き上げた。

 アルムが抱き上げると、エルリーはこくりこくりと舟を漕ぎ始め、すぐに寝息を立て始めた。


「エルリー、寝ちゃった」

「たぶん、瘴気をたくさん取り込んだから疲れたのでしょう。アルム、下の階はどうなっているの?」


 キサラに尋ねられ、アルムは一階から瘴気が上がってきていることを伝えた。塔の上と下から大量の瘴気が侵入していることを知って、キサラは青ざめた。


「入り口も塞がれてしまったのね……」

「後で私が浄化するので大丈夫ですよ」


 アルムがあっけらかんと言ってのける。一階がどうなっているのか目にしてはいないが、ただの瘴気が充満しているだけならなにも問題はない。それよりも、問題なのは。


「ヨハネス殿下をどうしましょう?」

「どうしましょうね? 置き去りにするわけにもいかないし……面倒くさいわね」

「おい! 本音を漏らすな!」


 沈痛な表情で溜め息を吐くキサラにヨハネスが文句をつけるが、牢の中から怒鳴っても格好はつかない。

 アルムは「うーむ」と唸って鉄格子とヨハネスをじーっと眺めた。


「な、なんだアルム? 囚われている俺をそんな熱心にみつめて……もしや普段と違う危険な状況下で俺の姿を見て、今まで知らなかった胸の高鳴りを感じているのでは……?」

「本当に置き去りにしようかしら……」


 いつもと違う新鮮なシチュエーションの効果に勝手に期待する男のアホさに、キサラが嫌そうな顔で呟きを漏らす。


(困ったなあ……)


 アルムは悩んでいた。結界だけ張ってヨハネスを置いていったとして、このままずっと瘴気が増え続けたら結界が保つ保証はない。

 この場に置いていって万が一ヨハネスになにかあったら、本当にアルムに罪が着せられてしまうではないか。それだけは避けたい。


「よし。聞いてみよう」


 アルムはそう決めると、自分の目の前の空間に透明な箱のようなものを出した。その箱の表面に、執務室らしき場所で難しい顔をしているワイオネルの姿が映った。


「ワイオネル殿下。聞こえますか?」

『え? うおっ……!?』


 ワイオネルは顔を上げるなり、驚いて椅子ごとのけぞった。

 彼からすると、『自分以外誰もいない執務室で突然名前を呼ばれ、顔を上げると目の前に少女の胸から上が浮かんでいた』というちょっとした恐怖体験なので驚くのも無理はない。


『あ、アルムか。どうした?』


 アルムがリモートで話しかけてきたことに気づいたワイオネルが眉をひそめた。

 アルムは言うべきことを頭の中でまとめて口を開いた。


「えーと、このままだと塔の中が全部瘴気まみれになりそうなので、囚人をいったん牢から出して避難させてもいいですか?」

『ちょっと待ってくれ。そちらの状況がわからない。瘴気だと?』


 簡潔すぎるアルムの説明に、ワイオネルが腰を浮かせて身を乗り出してきた。


「わたくしが説明いたしますわ」


 キサラが説明を代わってくれたのでそちらは任せて、アルムはすうすうと寝息を立てるエルリーの寝顔を見下ろした。


 この塔を襲う瘴気も闇の魔導師の仕業だろうか。


 いくらアルムが闇の魔力のイメージを向上したいと願っても、こんな事件が起きていては印象が悪くなる一方だ。


 闇の魔力が悪事に使われる限り、イメージの向上は難しい。


(犯人を捕まえて、なんでこんなことをしたのか問いただしてやらなくちゃ!)


 エルリーが安心して暮らせる未来のために、アルムはそう決意した。



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