第10話 囚人と元聖女
***
「次が四階か……」
階段を上りきったアルムは足を止めて「はあ~」と息を吐き出した。
普通の建物のように上から下まで階段が繋がっていれば楽なのだが、この塔は一階ごとに階段の位置が変えられていた。一階分上ったら通路を通って反対側にある階段まで行かなければならない。
一気に上り下りできないため、侵入や脱走がしにくい造りになっているのだ。監獄としてはその方がいいのだろうが、面会に来た人間にとってはなかなか過酷な運動だ。
「疲れるなあ……」
ぼやきながら四階の通路を通り過ぎようとした時だった。
「おや。また聖女様だ」
不意に明るい声が響いた。
アルムは驚いて「ぴゃっ」と飛び上がった。
「だ、誰ですか!?」
「ふふふ。ここだよ」
今し方通り過ぎた牢の中から声が聞こえた。よく目を凝らしてみれば、房の隅の暗がりに人の輪郭が見える。黒髪に黒い服の男がゆらりと立ち上がり、鉄格子に近づいてきた。
「ついさっき、別の聖女様が通ったばかりだ。ここに聖女様が来るだけでも珍しいのに、時間をあけずに二人目だなんて。なにがあったのか気になっちゃうなあ」
男は目を細めて笑みを浮かべてそう言った。
今まで通り過ぎてきた牢はすべて空っぽだったので、ここにはヨハネスしかいないのかとアルムは思っていた。二段の寝台が一つの房に二つ置かれていた三階までの牢とは違い、四階からは独房らしく寝台の他に小さな机も置いてある。してみると、この男はそれなりに身分が高いのだろう。佇まいにも気品がある。
「さっきの聖女様は私に気づかずに通り過ぎちゃってね。だから、今度は声をかけてみたんだ」
男は愉快そうに言う。黒髪に黒い服の男が暗がりでじっとしていれば、気づかずに通り過ぎてしまうのも無理はない。
(キサラ様が来ているのかな?)
ヨハネスの面会に来ているのなら、おそらく筆頭聖女のキサラであろう。
ヨハネスと一対一で会わなくてよくなったと思い、アルムはほっとした。
(それにしても、この塔は国事犯を収容する場所と聞いたけれど)
国家の政治秩序を乱す罪――王族の暗殺や内乱の首謀者が囚われる場所に入れられているとは思えないほど男の態度は気安く、にこにこ笑顔を崩さない。
「あなたはなんの罪で捕まったんですか?」
「ふふふ。おじさんは悪い大人なんだよ」
思いきって尋ねてみたが、胡散臭い言い方で茶化されてしまった。
(なんかこの人、物腰は柔らかいのに胡散臭いな)
アルムは少しむっとして頬をふくらませた。
「じゃあ、私はこれで」
先に進もうと、足を踏み出しかけた時だった。ぐらり、と揺れる感覚と同時に湧き上がる嫌な気配に、アルムは総毛立った。
「おやあ。地震かな?」
牢の中の男がのほほんと言う。
しかし、地震にしては揺れたのは一度だけというのは妙だ。
アルムは天井と床を交互に見やった。上からと下から、嫌な気配が近づいてくる。
そこへ、階段を駆け上がってきた牢番がひぃはぁ息を切らしながら倒れるように座り込んだ。
「お、お助けくだせぇ、聖女様。いきなり床から瘴気が出てきて……入り口を塞がれちまっただ……ぶったまげたぁ~」
命からがら逃げてきたという牢番によると、瘴気は下から湧いてきてじわじわと上がってきているらしい。
(でも、上からも嫌な感じがする。てことは、上の階も……)
「わお。もしかして、塔全体が瘴気にのまれちゃうのかな? そしたら、私達も無事じゃあ済まないねえ」
思案するアルムを余所に、牢の男は何故か愉快でたまらないと言いたげにそんな予想を口にする。それを聞いた牢番が「ひぃぃ」と叫んだ。
(本当に、誰かがヨハネス殿下の命を狙っているのかな……)
アルムはとりあえず上に行ってみることにした。
念のため、牢の男と牢番の周りに結界を張ってから階段を駆け上がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます