第9話 囚人と聖女
***
聖シャステル王国第七王子ヨハネス。
幼少の頃より才気煥発、明達な子供であった彼を見て周りの者はこう言った。
他の兄弟より先に生まれていれば、母親の身分が高ければ、きっと王太子になれたであろうに、と。
だが、ヨハネス本人は一度たりとも王位を望んだことはなかった。物心ついた時から、自分の行くべき場所は大神殿であると思い定めていたのだ。
王位に興味のないヨハネスは、神官となった時に自身の王位継承権を放棄しようと思っていた。
だが、ワイオネルにそれを止められて説得された。
「自分になにかあった時のために、兄弟中で最も優秀なヨハネスの継承権を残しておきたい」と言うワイオネルに懇願され、王子の身分と継承権を持ったままで神官となった。
しかし、こんなことになるのなら、やはりあの時に継承権を放棄しておけばよかった。そうすれば、『王位を狙って暗殺者を差し向けた』などという、くだらない嫌疑をかけられずに済んだはずだ。
こめかみに青筋を浮かべながら、ヨハネスはそう思った。
「ううっ……栄えある大神殿の神官ともあろう者がこんなっ……やったならやったと素直に吐いた方が罪が軽くなりますわよ」
「ふざけんなっ!!」
牢の前で面会者用の椅子に座り、わざとらしい泣き真似をした後で自白を勧めてくるキサラに、ヨハネスは苛立ちを隠さずに怒鳴った。
面会という名のおちょくりにやってきた筆頭聖女はヨハネスの怒りなどものともせず、涼しい顔で膝に乗せた小さな女の子を抱き直した。
「なんですの、その態度は。神官で王子のくせにあっさり牢に入れられた間抜け者の荒んだ心を癒やして差し上げようと、エルリーも連れてきてあげましたのに」
「よーねる殿下、悪い子? めっ!」
「エルリ~っ! わざわざ階段を上ってきてくれたのか?」
ヨハネスは鉄格子を掴んででれでれと相好を崩した。キサラの言う通りになるのは癪だが、陰鬱な牢の中で落ち込んだ気分がエルリーの可愛さで癒やされるのは確かだ。
「途中までは牢番さんが抱っこしてくれたんですのよ」
子供好きなのか、キサラが連れてきたエルリーを目にした牢番は「あんれまあ、小せぇ聖女様まで来てくれたべ~」と言って目尻を下げていた。
以前は闇の魔力をダダ漏れにしていたエルリーだが、アルムお手製の護符に守られ、大神殿で魔力のコントロールも学んでいるため、魔力を体内にとどめておけるようになっている。現在は普通の暮らしに慣れるように他人との接触や外出も少しずつ増やしている最中だ。
「はあ……どうせならお前じゃなくて、アルムがエルリーと一緒に来てくれていたらよかったのに」
「罪人の分際でさらに強欲だなんて、救いようがありませんわ。エルリー、こんな愚かな犯罪者に近づいては駄目よ。帰りましょう」
キサラはヨハネスを軽く睨みつけて立ち上がった。
「では、殿下。あまり長居はしませんようにお願いいたします。大神殿の仕事が滞ったら困りますので」
「そう思うなら、無実の証明に協力ぐらいしろ」
長居したくてするわけがないだろう、と鉄格子を握って唸り声をあげるヨハネスに背を向けて、キサラが階段に向かおうとした時だった。
ぐらり、と塔全体が揺れた。
「なんだ!?」
地震とは明らかに違う奇妙な揺れ方に、ヨハネスが警戒しながら辺りを見回す。
次の瞬間、天井から染み出すように瘴気が現れて、じわじわとヨハネスらに迫ってきた。
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