第7話 たとえパワハラ野郎でも
「知っての通り、俺達は七人兄弟だ。母の身分から俺が王位を継ぐと言われていたが、すべての貴族が俺が王になることを望んでいるわけじゃない。特に、光の魔力を持つヨハネスの即位を望む声は根強い。この国では、光の魔力を持つ国王はなによりも望まれるからな」
「ええー……?」
アルムは正直な想いを表情に浮かべた。ヨハネスが国王だなんて想像できない。というより、神官服以外のヨハネスを想像できない。
「ヨハネス自身は昔から『神官になる』と言っていて、言葉通りにさっさと大神殿に入ってしまったから周りも一度は諦めた。だが、今でもヨハネスに期待している者は多いし、俺の支持者はその連中を警戒している」
ワイオネルはそう言うと、目を閉じて溜め息を吐きながら天を仰いだ。
「なるほど、ワイオネル殿下の即位を望む忠実な者ほど、ヨハネス殿下の存在を目障りに思っているというわけですね。中にはヨハネス殿下の失脚を目論む者がいてもおかしくない。さりとて、この状況でヨハネス殿下を担ぐ者を牢に近づけるわけにもいかない。それで、警護ではなく聖女の結界で守ろうと」
「?」
ウィレムの言葉に、アルムは疑問符を浮かべた。
(えーと? つまり、ワイオネル殿下の部下はヨハネス殿下をあまり好きじゃなくて、もしも犯人の目的がヨハネス殿下を失脚させることだったとしたら……)
「ワイオネル殿下の部下には、ヨハネス殿下に罪を着せる動機があるってことですか!」
自分以外にも動機のある人物がいると知って、アルムはぱちんと指をはじいた。万が一、冤罪で裁かれそうになったら、他にも容疑者がいる事実を武器にして法廷で闘おう。
「もちろん、俺は自分の部下を信頼している。ただ、俺の命令で『俺の命を狙った疑いをかけられているヨハネスを守る』ことに複雑な想いを抱かないとは言えない」
どんなに忠実に職務に励むつもりでも、心のどこかに疑いを持っていたらそれが隙を生むかもしれない。
かといって、ヨハネスに疑いがかけられている以上、ヨハネスを支持する者を近づけるわけにはいかない。
「ヨハネスの命が狙われているとしたら、敵はどんな手を使ってくるかわからない。アルム以外の聖女では、もしも敵が強力な闇の魔導師を差し向けてきた場合に心許ない。万が一があってはいけないのだ」
それで、アルムに結界を張ってほしいと言いにきたのだ。
美しい兄弟愛に感動して協力して差し上げたいところだが、守る対象がヨハネスであるという一点がネックになってやる気が出てこない。
(やる気が出ないからって断るのはひどいよね。うん、よし。やる気が出るように、ヨハネス殿下のいいところを思い出してみよう!)
アルムは目を閉じてヨハネスと過ごした日々を思い返した。
少し口の悪い少年神官からの罵声、酷使、無理難題……
「どうしよう。さらにやる気がなくなった」
「アルム、頼む。こんなことでヨハネスを失うわけにはいかないんだ」
やる気の低下を嘆くアルムの手を握ったワイオネルが、熱を込めて言った。
こちらを貫かんばかりにまっすぐみつめてくる金の瞳を見て、ワイオネルが本当に心からヨハネスを守りたいと思っていることが伝わってきてアルムははっと気づいた。
アルムにとってはパワハラ野郎なヨハネスだが、ワイオネルにとっては大事な弟なのだ。
これは国王代理としての依頼ではなく、ヨハネスの兄としての頼みなのだ。一人の兄が、無実の弟を助けたいと願っている。
アルムはちらりとウィレムに目をやった。
(もしも、お兄様が無実の罪で捕まったりしたら……)
自分だったらなにをするかわからない。結界を張るだけで済ませられるだろうか。疑わしい人間をかたっぱしから捕まえてきて、真犯人が自白するまで空中に浮かべて逆さまにしたりぐるぐる回したりしてしまうかもしれない。
「……わかりました。結界を張りに行きます」
「本当か!? ああ、ありがとうアルム!」
アルムはワイオネルが心からうれしそうな表情を浮かべるの初めて目にした。
それはただの十八歳の普通の青年の笑顔だった。
***
地下牢には一切の日が射さない。
ここに入れられればどんな人間でも真の暗闇に耐えかねて、尋問に口を割ってしまう。
そんな暗闇の中で、捕らえられた男は低い声で呟いた。
「……たいした騒ぎは起こせませんでしたね」
地下牢に他に人はいない。男の声に応える者は誰もいない――はずだった。
『……砂漠の民も期待外れだったな』
声だけが、闇の中から返ってくる。
『まあ、収穫祭はおまけだ。ヨハネスを監獄塔へ入れる方は首尾よくいったのだろう?』
「ええ。……しかし、貴方様が自ら乗り込むこともないでしょうに」
『私もたまには活躍しないと、部下達に示しがつかないだろう?』
楽しそうな響きに、男は溜め息を吐いた。
「まあいいです。が、聖女アルムにはお気をつけください」
男はジューゼ領で「エルリーの心は闇に染まらない」などと夢物語を吐く小娘に邪魔された屈辱を思い返して眉間にしわを寄せた。
「……まあ、聖女アルムが監獄塔に来ることはないと思いますが」
『聖女アルムか……いつか、会ってみたいものだがな』
その言葉を最後に、声は聞こえなくなった。
地下牢の男は一度大きく息を吸い込むと、静寂の中で目を閉じた。
その男の体を、煙のような闇が包み込んだ。
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