第3話 聖女アルムはダークヒーローを流行らせたい
そんなことがあった収穫祭から三日後。
「その時、恐ろしい邪霊の群れが彼女を取り囲んだ。
邪霊達は聖女であるソフィアを恐れる様子もなく、その闇に染まった魔の手を伸ばし――ねえ、どうしてソフィアは邪霊を吹っ飛ばさないのかしら?」
主人公の聖女が活躍する流行の冒険小説を読んでいたアルムは、首を傾げて傍らの侍女に尋ねた。
茶を淹れてくれていたミラは、一呼吸置いてから「私が思うに」と発言した。
「おそらく、一般的な聖女には邪霊を一瞬で吹っ飛ばすのは難しいのだと思います」
「そうなの?」
意外なことを言われて、アルムは目を丸くした。
瘴気が寄り集まって人の形に変化したものを幽霊と呼ぶ。邪霊とは、その幽霊が進化して自我を持ち、人に害をなすようになったものだ。
確かに、この世で最も恐ろしい存在であり聖女や神官の天敵とされているが、所詮は瘴気の塊だ。浄化してしまえばいいだけだ、とアルムは思う。
規格外の光の魔力を持って生まれてきた元聖女アルムには、小説の主人公のピンチに共感することができなかった。
「でも、キサラ様なら邪霊ぐらい倒せそうだけどな」
かつての同僚を思い浮かべながら、アルムはソファに座り直した。ソファの隣の安楽椅子にはウィレムが腰掛けている。
夕食後のひとときを、兄と妹は談話室で穏やかに過ごしていた。
「ずいぶん熱心に本を読んでいるようだな」
若者向けの冒険小説や、勇者や英雄が出てくる物語に熱中している妹に、ウィレムは目を細めて微笑んだ。
「はい! 闇の魔力の持ち主が活躍して『すごい、かっこいい』って褒められている物語がないか探しているんです!」
「闇の魔力の持ち主が活躍する物語?」
アルムの答えに、ウィレムは不思議そうに首を傾げた。
「収穫祭の時に、私が悪い人達を捕まえたら皆が喜んでくれたじゃないですか」
アルムにはまったく心当たりがないのだが、国王代理暗殺を防いだとかで『褒美』だの『功績を讃えて国王代理と結婚』だのを押しつけてくる宰相の使者を撃退したのはつい昨日のことだ。
『褒美! 結婚!』とうるさい使者を吹っ飛ばしながらアルムは思った。
国王代理の暗殺を防ぐレベルの活躍をすれば、たとえ闇の魔力の持ち主であっても功績を讃えざるを得ないのではないか、と。
闇の魔力の持ち主が国から讃えられれば、闇の魔力を持つ者が悪人ばかりではないと証明できる。
だからといって、都合よく正義の心を持った闇の魔力の持ち主がその辺に転がっているわけでもないので実現は難しいだろうが。
だがしかし、架空の物語ならば闇の魔力を駆使して人を救うキャラクターが存在するかもしれない。
「闇の魔力を使って活躍するヒーローが人気者になれば、世の中のイメージが変わると思うんです!」
懸命に頑張り敵と戦う主人公の姿に、人は共感して憧れるはず。ならば、その主人公が光ではなく闇の魔力の持ち主ならどうだ。
闇の魔力を持ちながら己の運命に抗い、懸命に人を救う主人公ならば、応援したくなるのではないだろうか。
(闇の魔力のイメージを向上したい。エルリーのために!)
闇の魔力を持って生まれ、そのせいで隠されて閉じ込められていたエルリー。
エルリーがそんな目に遭ったのは、闇の魔力が無闇に恐れられているせいだ。闇の魔力の持ち主がかっこよく活躍する物語が流行れば、世間の目も変わるのではと思いついたアルムは、そんな物語を探しているのだ。
「荒唐無稽でもいいから正義の味方のダークヒーローが登場しないかな……荒唐無稽といえば、この小説もそうですね。邪霊なんて滅多にいないはずなのに、主人公の前にことあるごとに現れて邪魔をするし。それに、王太子が聖女に面と向かって邪霊退治を命じるなんて普通はないです」
聖女への仕事の依頼は聖殿担当の特級神官がすべて管理するはずだ。つまり、本来は王太子と聖女の間にヨハネスっぽい奴が挟まるはずなのだ。
話し終えて溜め息を漏らすアルムの前に、温かい湯気を立てるお茶が置かれる。アルムはお茶を一口飲むと物語の続きに目を走らせた。
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