第2話 その頃のお兄様
***
アルムが迷子になって街中をさまよっていた頃、アルムの兄ウィレムは儀式を行う際に使用する王城の鏡の間にて国王代理の成人を祝う儀式に参列していた。
大神官の祈りの声が静寂の中に響いている。国中の貴族家当主が注目する中で、若き国王代理ワイオネルが光の神の像の前にひざまずく。
大神官の祈りが終わり、ワイオネルが白貂の毛皮を裏地にした天鵞絨のマントをはらって立ち上がり、儀式用の椅子に座る。
「シャステルの光となる御身に祝福を」
大神官がワイオネルの成人を認め祝福する。
「シャステルの光に栄光あれ!」
『シャステルの光に栄光あれ!』
貴族達が唱和し、ワイオネルの成人と王位を継ぐ資格が認められた。これから先は戴冠式に向けて慌ただしくなる。
すべての行程がつつがなく終了し、ワイオネルが退席しようとした時だった。
突如として、角柱の陰から飛び出してきた人物がまっすぐにワイオネルに向かって走り寄った。
高窓から差し込む日の光を受けた銀の刃が、一瞬、まばゆくきらめいた。
一番近くにいた近衛騎士が、体を投げ出すようにしてワイオネルと襲撃者の間に入った。
次の瞬間、高窓が割れ、ガラス片を撒き散らしながらなにかが侵入してきた。それは勢いよく伸びてきて襲撃者の腕に絡みついた。
「なっ……!?」
驚愕の声をあげる襲撃者の腰にぐるぐる巻きついたそれは、襲撃者を荷物のように持ち上げると、今度は逆にしゅるしゅると巻き戻っていく。
儀式の場で国王代理を狙った襲撃者は、突如窓を破って伸びてきた木の根のようなものに巻き取られて連れ去られた。
誰もがぽかーんと割れた高窓を見上げる中で、いち早く我に返ったのは襲われた張本人だった。
「皆の者! この場に不埒な慮外者が紛れ込んでいたこと誠に遺憾に思う! だが、光の神の寵愛を受けた聖女の御業によって罪深き蛮行は防がれた! 光に感謝を!」
儀式の間に王位継承者の命を狙う侵入者が入り込むなど、とんでもない椿事だ。ワイオネルは皆が混乱しているうちに強引に押し切ることにしたようだ。
「光に感謝を!」
「聖女を讃えよ!」
ワイオネルの意を汲んだ高位貴族が真っ先に声を張り上げ、その場の雰囲気を『光の神に感謝し、光に守護されし我らの主君と聖女を讃える』方向に誘導する。
(アルムになにがあったんだ……?)
祝福と讃辞が響き渡る中、ウィレムは一人背中に汗を掻いていた。
巨大な木の根を操って悪者を捕獲できるのなんて、この世界にただ一人、彼の妹以外にいないからだ。
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