第1話 迷子のアルムと収穫祭
華やかに飾りつけられた街のそこここで香ばしい匂いが立ちのぼる。焼きたてのパンの香りだ。
大きなカボチャがごろごろと、イモの詰まった麻袋がどかどかと、並べられた店の前を通り過ぎ、アルムは「ふわぁ」と感嘆の声を漏らした。
「お祭りって、こんなににぎやかなんだ~」
毎年十一月の初めに行われる収穫祭は、『収穫に喜び、光の恵みに感謝する祭り』だ。今年の収穫に感謝を捧げ、来年の実りを祈る。
王都の目抜き通りには食べ物を売る屋台がずらーっと並び、食欲をそそる香りを含んだ湯気が道に漂っていた。
アルムは収穫祭を目にするのは初めてだ。幼い頃はひとりぼっちだったし、十三歳からは聖女として大神殿で暮らしていたからだ。その頃は収穫祭とは祈りと儀式で一日が終わる日だと思っていた。
「あっちの道にも屋台が出ているのか。美味しそうな匂いが……っと、そうじゃなくて! まずはミラを捜さないと!」
ついつい香りに引き寄せられそうになったが、現在の状況を思い出したアルムは首を横に振って食欲を振り払った。
予想以上の人出の多さに、人ごみに慣れていないアルムは流されるままにふらふら歩いて、気づいた時には侍女とはぐれてしまっていたのだ。つまり、現在のアルムは立派な迷子である。
「しっかし、本当に人が多いなあ。国中の人が集まっているみたい……」
アルムがそう思うのも無理はない。何故なら、今年の収穫祭は本当に例年より人が多いのだ。
国王代理を務めている第五王子ワイオネルが、本日十八歳の成人を迎えた。
いよいよ正式に王位に就く日取りも決められ、今年の収穫祭は恵みに感謝するだけではなく国王代理の成人祝いも兼ねている。
ワイオネルの成人を祝うために国中の貴族家当主は王城へ出仕している。アルムの兄であるダンリーク男爵ウィレムも朝早くに王城へ向けて出発した。
「今頃、お兄様は成人の儀式の最中かな」
アルムが王城の方角を眺めて呟いたその時、背後で悲鳴があがった。
「うわああっ! 何者かがいきなり店に投げ込んできた石から瘴気が噴き出したぞ!」
「皆、逃げろ!」
「うーん。はぐれた時の待ち合わせ場所を決めておけばよかったな~」
アルムは振り向くこともせずに左手だけを背後に向けて光を放った。ぶわっと膨れかけていた嫌な気配が霧散する。
「こっちの通りは飾りつけがすごいな~。藁で作った人形がたくさんある」
収穫祭では普段は鳥よけに使われている案山子にも花を飾ったり立派な服を着せたりして感謝を捧げる。
アルムは案山子が並ぶ通りをてくてく歩いた。
「大変だ! 突如として案山子が動き出して人を襲い始めた!」
「おのれ! 闇の魔導師の仕業か?」
「ミラと合流したら、お兄様と屋敷の皆になにか美味しいものを買って帰ろう」
数体の案山子が暴れているらしい場所に向かって、アルムは立ち止まることもなく通り過ぎざまに光を放った。動きを止めた案山子が地面に倒れる音がした。
「人も多いけど、鳩も多いな~。ああ、そっか。小麦のおこぼれを狙ってるんだ」
「ああっ! あれを見ろ!」
「コウモリの大群……? いや、違う! 闇の使い魔の群れがこちらに向かって飛んでくる!」
「キサラ様達とエルリーにもなにか差し入れしたいけれど、今日の大神殿は夜まで参拝客でいっぱいでしょうね」
アルムは苦笑いと共に短い溜め息をこぼして、空を見上げもせずにかざした手から光を放った。空から飛来した闇の気配は一掃され、何事もなかったように青い空が広がった。
一連のノールック浄化にざわめく周囲を気にもとめず、アルムはミラを捜してきょろきょろしながら歩いた。
しかし、そんなアルムを邪魔するかのように、あちこちから同時に悲鳴があがった。
「人質を殺されたくなかったら動くんじゃねえぞ! なにが光の恵みだ! その光に灼かれて砂漠の民は苦しんでいるっていうのによぉっ! 光の恵みっていうなら、お前らより強い光を浴びせられている俺達にこそ恵みを受ける権利があるだろうが!」
ナイフを持った男達が、女性や子供を人質に取ってそんな主張を声高に叫んだ。
「あいつらは……砂漠の盗賊団だ!」
「こんな街中まで入ってくるだなんて!」
どうやら、収穫祭の人の出入りに乗じて入り込んだ盗賊が略奪を目論んだようだ。
「くそっ! 皆を放せ!」
「私の子供を返して!」
隙をついて取り押さえようにも、男達は距離をあけて人質を取っているため、一斉に制圧することが難しい。また、男達は普通の一般人と変わらない格好をしているため、人質に危害を加えた後にナイフを捨てて人ごみに紛れ込まれてしまうと厄介だ。
「野郎ども! 根こそぎ奪ってずらかるぞ!」
賊の頭目とおぼしき男が声を張り上げ、数十人の男達があちこちで食料と金品を強奪し始めた。
(王都のあちこちに仲間を散らして人質を取っているのか。全員一気に捕まえないと、一人でも取り逃がしたら人質が危ない……よし!)
アルムはその場にしゃがむと地面に手を触れた。
「人に武器を向けている悪い奴を全部捕まえちゃえーっ!!」
アルムの声に応えるように地面が割れて、木の根が勢いよく飛び出してきた。
太い木の根から伸びた枝が幾重にも分かれ、王都のあちらこちらへ向かって伸びていく。
「うわっ!?」
「おいっ!?」
「なんだっ!?」
突如として伸びてきた木に巻きつかれて動きを封じられた男達が叫ぶ。
「よいしょーっと」
『うわあああああっ!!』
アルムの掛け声と共に、木にぐるぐる巻きにされた男達の身が引き寄せられて一つところににまとめられた。
「ふう。これでよし」
一度に数十名の男達を拘束したアルムは、額の汗をぬぐいながらほっと胸を撫で下ろした。
「アルム様!」
「あ、ミラ」
人ごみの中から慌てた様子で駆け寄ってくる侍女の姿をみつけて、アルムは顔をほころばせた。
「よかった。迷子になって心細かったの。みつけてくれてありがとう」
「いえ、私がみつけたのではなく、アルム様のお力で居場所がわかったのですが」
ミラは一網打尽にされた男達をちらりと見て顔をしかめた。
「まったく、アルム様の手を煩わせるだなんて……この連中は警官に任せて行きましょう」
「うん!」
アルムは元気に頷いた。
「あっ、お待ちください聖女様!」
「ありがとうございます聖女様!」
立ち去ろうとしたアルムとミラの周りを群衆が取り囲んだ。
「あのぉ……どいてください」
「聖女様! どうか私どもと一緒に祈ってください!」
「収穫祭を祝い、一緒に食事をしましょう!」
「聖女様! 聖女様!」
アルムは前に立ちふさがる民衆に頼んだが、興奮した彼らは聞く耳を持たない。どころか、ずいずいと距離を詰めてくる。
「私は聖女じゃないです。辞めたんだから……」
『聖女様! 聖女様!』
どんどん大きくなる『聖女様コール』に声をかき消されて、アルムの堪忍袋の緒がぷちっと切れた。
「んもぉ……どいてってばーっ!!」
こちらの言葉を聞かずに勝手に盛り上がる群衆に怒ったアルムが怒鳴った途端、強烈な光がほとばしった。
「ぎゃあっ!?」
「目がぁっ! 目がぁっ!」
「聖女の怒りが!?」
強い光に目がくらんだ人々が叫ぶ。
「五分くらいで治りますよ。さ、ミラ。今のうちに行こう」
アルムはミラを連れて、目を押さえて呻く人々の間を通り抜けた。
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