第54話 元聖女、帰宅する。




 ***



「じゃあマリス、半年後に会おうね!」

「うん! 死ぬ気で頑張る!」


 そんな約束を交わして、アルムはジューゼ伯爵領を後にした。

 マリスの子供の頃の服をもらったエルリーは背中にアルムが書いた護符を貼っている。アルムが書いた護符なら一枚でも十分に効果があるようだ。今までの全身を覆う護符から解放されて違和感があるのか、エルリーはしきりにぱたぱた手足を動かしていた。


 行きと同様に少し浮いたまま進む馬車の上には、空に浮かんだベンチがついてくる。

 何事もなく順調に王都にたどり着き、アルムとエルリーは男爵家で降ろされ、ガードナーは王宮へ帰っていった。


「またなアルム! 腹筋を割りたくなったらいつでも相談に来い!」

「割りたくないので大丈夫です!」

「ないない」


 エルリーはガードナーに向けて小さく手を振っていた。


 そんなこんなで帰り着いたダンリーク家ではキサラ、メルセデス、ミーガンの三人が待っていた。


「おかえりアルム!」

「皆様……どうしてここに?」

「エルリーを迎えにきたのよ」


 アルムの到着を知ったウィレムも三人の聖女の後ろから顔を覗かせた。


「おかえり、アルム」

「ただいま、お兄様! えっと、それで、この子がエルリー。エルリー・キラノードです!」

「えぅ……エルリー……キアノーロれしゅ……」


 馬車の中で練習していたオスカーの姓を借りた挨拶を披露すると、メルセデスとミーガンが歓声をあげた。


「可愛い~っ!」

「ご挨拶できて偉いわ!」


 エルリーを囲んできゃあきゃあはしゃぐ三人の横で、ウィレムはアルムの顔を覗き込んだ。


「疲れていないか? 初めての遠出はどうだった?」

「はい。……友達ができました!」


 アルムがにっこり笑って報告しようとしたその時、



「うわああーっ! 瘴気だ!!」



 突如として、叫び声が響いた。


「旦那様! 今度は何しでかしたんです!?」

「骨董品の壷を誤って割ってしまったら中から瘴気が噴き出して……」

「だから、怪しいものを買うんじゃない!!」


 使用人が主人をとっちめる声が聞こえてくる。

 エルリーが原因ではなく、近所の家の主人の骨董好きが原因のようだ。

 一軒の家を包んでいた瘴気が、エルリーの存在に引き寄せられたのか、ダンリーク家に向かってくる。


「お兄様とお話ししてるのに……邪魔っ!」


 アルムが放った光があっさりと瘴気を浄化した。


「おお! アルム様!」

「聖女アルム様がやってくれた!」

「さすが聖女アルム様だ!」

『聖女様! 聖女様!』


 いつかの夜と同じように、『聖女様』コールが巻き起こる。


「もう……うるさいってばーっ!!」


 鳴り止まない声にキレたアルムが怒鳴ると同時に、どこからともなく伸びてきた太い木の根が騒いでいた人々の体に巻きつき、捕まえた人々をそれぞれの家にぽいぽい放り込んだ。




 ***





「やっぱりお家が一番落ち着くなあ」


 寝台に乗っかって、アルムは独りごちた。

 生まれて初めて王都から出て、今まで知らなかったことを知ったし、友達もできた。


「私にも友達を作ることができたんだ……!」


 なんだかんだで、「友達を作る」「枕を手に入れる」という二つの目標を両方とも叶えることができた。アルムは満足して寝台に横になった。


「うふふ。ふわふわだ~……すやぁ」



 王都の中央部、貴族の住まう区域にある一軒の屋敷にて。


 大いなる力を持った元聖女アルム・ダンリークは、ふわふわの枕に包まれて健やかな眠りに就いたのだった。





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