第53話 筋肉は裏切らない
***
翌日、ヨハネスとキサラは一足先に王都へ帰った。エルリーを大神殿で受け入れるために書類を作ったり根回しが必要らしい。
ヨハネスはアルムと一緒にいたがったが、キサラに光魔法で拘束されて馬車に詰め込まれていた。
「アルム~!」
「あぅ……あーるぅ、ないない」
馬車の窓から未練がましく顔を出すヨハネスに向かって、エルリーが小さく手を振った。
「バイバイ、だぞ。エルリー」
「ないない」
手を振る仕草をエルリーに教えたガードナーが「はっはっはっ」と豪快に笑う。
エルリーはだいぶ人に慣れてきたなあと思いながら眺めていると、アルムの隣にいたマリスが意を決したようにガードナーに話しかけた。
「あのっ、ガードナー殿下!」
「ん?」
エルリーを肩車したガードナーが振り向く。
「私を、王都で働かせてもらえませんか?」
「マリス? 何を言っている!」
ジューゼ伯爵が慌てて止めようとしたが、マリスは父親にかまわず懸命に訴える。
「私だけ何もせずに置いていかれるのは嫌なんです! 私も役に立ちたい。エルリーの従姉妹として……アルムの友達として!」
「マリス……」
アルムはマリスの横に立って、一緒に頭を下げた。
「私からもお願いします! マリスのお願いを聞いてあげてください!」
友達のために何かするというのは、アルムには初めての経験だった。なんだか胸の奥がうずうずする。
「ふぅむ……」
「ガ、ガードナー殿下。娘の言うことは気になさらず……」
ガードナーは顎に手を当てて思案していた。
「そう言うことなら……あるぞ。大神殿での仕事」
「本当ですか!?」
マリスがばっと顔を上げた。
「ただし、その仕事に就くためには試験に合格せねばならん」
「試験……」
「うむ。次の試験は半年後だったかな」
「そ、その試験って……」
ガードナーが人差し指を立てて言った。
「大神殿の『神官職試験』だ」
「え?」
アルムはマリスと目を見合わせた。
「それって、男しか受けられないんじゃあ……」
神官になれるのは男だけと決まっている。女には受験資格も与えられないはずだ。
「そうだ。だが、ワイオネルが国王代理になってから、少しずつ変革が起きていてな。次の試験からは女性も受験可能になる。まだ正式に発表されていないから内緒だぞ」
「ガードナー殿下はなんで知ってるんですか?」
「筋肉推進のための書類を持っていった時に、クレンドールがちょうどそれ関係の書類にサインしていたのを見たからな!」
アルムの質問に、ガードナーは胸を張って答えた。
この国では聖女信仰が強く、聖女の特別性を高めるために聖女以外の女性は神官職に就けない。ずっとそうされてきた。
だが、それはおかしいと不満に思う声も少なくなかったのだ。
「どうだ。この国初の女性神官になる気はあるか?」
アルムは神官服を着たマリスを想像してみた。
(カッコいいかもしれない……!)
アルムは思わずきらきらした目でマリスを見た。期待のまなざしを向けられたマリスが「うっ」と呻く。
「で、でも、神官って光の魔力がないとなれないのでは……?」
「魔力は必須じゃないよ! 大神殿にも魔力のない神官はたくさんいた!」
「魔力を必須にすると、男よりも女の方が魔力量が多いのに女は神官になれないという、かなり変な話になるからだろうな。まあとにかく、魔力はなくても神官にはなれる」
アルムとガードナーにそう言われて、マリスはおどおどと目を泳がせた後で「ぐっ」と拳を握って深く息を吸い込んだ。そして、力強い言葉と共に吐き出した。
「……受けます、試験!」
「マリス! 馬鹿なことを言うな!」
「お父様。私が神官になれば、きっとエルリーのためにできることもあるはずだわ」
マリスは覚悟を決めた表情で言った。
「マリスっ……」
「あなた。マリスの好きにさせましょう」
まだ納得いかない伯爵を夫人が止めた。
「では、半年間死ぬ気で勉強するんだな。大神殿の神官になるのは並大抵ではないぞ」
「はい!」
「うむ! 脳も一種の筋肉だ! 鍛えれば鍛えただけ力となってくれる! 筋肉を信じろ!」
「イエッサー!」
マリスがびしっと敬礼した。
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