第52話 初めてのお友達
***
村人達に見送られて、一同はミズリ村を後にした。
そのままキラノードへ帰るというオスカーと別れて伯爵家に戻ると、夫と娘の身を案じていた夫人が駆け寄ってきた。
「マリス! あなた!」
「お母様!」
母親と会えて気が緩んだのか、マリスは泣きながら伯爵と一緒に事情を説明していた。
(いろいろあったけど、一件落着だよね)
アルムは大きな館に驚いてきょろきょろしているエルリーを抱き上げて安堵の息を吐いた。
「アルム。もう一度話し合わないか。エルリーの健全な育成のためには、やはり信頼できる相手が常にそばにいた方が……」
「はーい。ヨハネス殿下、わたくし達はあっちで報告書を書きますわよー」
「ちょっと待て! アルム! アルムぅぅぅっ!」
ヨハネスはキサラに引きずられていき、ガードナーは兵士達にてきぱきと指示を与えている。
手持ち無沙汰になったアルムは、エルリーと一緒に早めに休ませてもらうことにした。
***
寝台の上で丸くなって眠るエルリーを眺めていると、扉が小さくノックされた。
「ちょっといいかしら……?」
扉を開けるとマリスがいて、最初に泊まった日と同じようにアルムの横をすり抜けて部屋に入ってきた。
「いろいろあって、眠れなくて……」
マリスはそう言って、エルリーを起こさないように寝台の端にそっと腰を下ろした。アルムのその横に静かに座る。
「明日、ヨハネス殿下とキサラ様は王都へ帰るって聞いたわ。アルムとガードナー殿下は?」
「エルリーが……いきなりあちこち連れ回されたら大変だろうから、一日様子をみようってガードナー殿下が」
「そう。じゃあ、明後日には皆帰っちゃうんだ」
マリスはふーっと溜め息を吐いた。肩を落とす姿は、最初に会った時の明るさが失われてしまったかのようだ。
(元気出して、って言うのも変かなあ……)
アルムは「うーん」と悩んだ。こういう時、なんと声をかけるのが正解なのだろう。
生まれた子供を死んだことにして隠し、闇の魔導師に引き渡そうとしていたジューゼ伯爵。彼のしたことを明るみに出したら、エルリーが闇の魔力を持っていることが世間に知られてしまう。
そのため、伯爵には表向きはなんの処罰も与えられないだろうということだ。ヨハネスはワイオネルだけには報告する必要があると言っていたが、ワイオネルももっとも混乱が少なくて済む沙汰を下すに違いない。
「お父様のしたことは正しくはないけれど、家と領民を守る貴族としては間違ってもいないのよね」
マリスがぽつりと呟いた。
「エルリーの存在が公になっていたら、『闇の魔力の持ち主の血縁』として、私も迫害されていたかもしれないもの」
それぐらい、この国では闇の魔力が忌避されているのだ。アルムも初めて実感した。闇の魔導師が悪いことをするから恐れられているのだと思っていたが、レイクが言っていたように闇の魔力の持ち主が周りから見下され追いつめられた末に闇の魔導師になってしまうのだ、と。
「私、このままでいいのかしら? 二年間とはいえオスカー様に責任を押しつけて、アルム達にエルリーの面倒をみさせて、何もなかったみたいにここで暮らしていけるのかな」
尋ねるような口調のマリスだが、アルムの答えを求めているわけではなさそうだった。自問自答のような雰囲気だ。
「マリスはどうしたいの?」
アルムが質問すると、マリスはうつむいた。
「……何ができるんだろう。私に」
少しの沈黙の後で、マリスが口を開く。
「私に力や知識があれば、エルリーのためにできることがあったかもしれないのに。私には何もない……」
(ものすごく落ち込んでいる!)
思った以上に鬱々としているマリスをどうやったら元気にできるのか、アルムは困り果ててエルリーの寝顔を眺めた。
(美味しい果物か綺麗な花をあげたら元気になるかな? ……いやいや、伯爵令嬢のマリスがそんなもので喜ぶわけないか。でも、他に私にできることなんて……)
しかし、このままマリスを置いて王都へ帰るのも忍びない。
(えーと……あ、そうだ。そういえば)
「マリス」
あることを思い出して、アルムはマリスに声をかけた。マリスがのろのろと顔を上げてアルムを見る。アルムは勢いのままに言った。
「私と、友達、になってください」
マリスの目が丸く見開かれた。
「……え? なんで今、このタイミングで?」
「なんかいろいろあって忘れてて……」
アルムはぽりぽり頭を掻いた。
「私も、知らないことやできないことばっかりで、不安になる時があるの。そういう時に相談できる友達がいればなあって思って……」
「いや。アルムは魔力でなんでもできるでしょ!」
「いやいや。魔力でできること以外はなんにもできないんだもん! マリスの方が明るくてはきはきしていてなんでもできそう……」
「いやいやいや!」
「いやいやいやいや!」
互いに謙遜し合った末に、アルムとマリスは顔を見合わせて「ぷっ」と吹き出した。
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