【第一巻重版御礼ss】幽霊屋敷の謎 1




「今日もいい天気だなあ」


 元ホームレス聖女ことアルム・ダンリークはてくてくと家の近所を散歩していた。

 聖女だった頃は一人で外出するなど不可能だったので、ただの散歩でも大層なことをしている気分になる。

 弾むように歩いていると、道の向こうを横切っていく小さな兄弟の姿が目に入った。


「あれ? ヒンドとドミだ」

「あっ、アルム様!」


 こちらに気づいたヒンドとドミがぱっと笑顔になって駆け寄ってきた。


「アルム様、ひさしぶり!」

「アルム様ー!」


 ヒンドがぺこりと頭を下げ、ドミが嬉しそうに手を振る。

 ヒンドとドミの兄弟は、さまざまな事情から王弟の子供でありながら貧民地区で育った。だが、王弟の引き起こした事件がきっかけで身分が明らかになり、事件後は王弟の妻――亡き母の実家に引き取られたはずだ。


「伯爵家での暮らしはどうなの?」

「とっても良くしてもらっています」


 そう言うヒンドの服装は華美ではないが貴族の子供らしいもので、貧民地区でぼろぼろの格好をしていた時でさえ際立った美少年だったというのに今では文句のつけようのない絶世の美形となっている。二、三年後には王都中の少女の胸の内に嵐を引き起こす存在となるであろう。

 弟のドミも兄とは系統の違う穏やかで品のよい顔立ちをしているので、これはこれで少女の胸を騒がせそうだ。


「どこへ行くの?」

「あのね、幽霊屋敷!」


 アルムが尋ねると、ドミが元気よく答えた。


「幽霊屋敷?」


 アルムは首を傾げた。


「ハンカチを探しに行くの!」

「うん?」


 疑問符を浮かべるアルムにヒンドが説明してくれた。なんでも、二人が暮らしている伯爵家には十三歳になる娘がいて、彼女がヒンドに泣いて頼んできたという。


「お友達に強引に誘われて、近づいてはいけないと言われている幽霊屋敷に探検に行ってしまったの。その時にお母様に買ってもらった大事なハンカチを落としてしまって……もし、こんなことがバレたら怒られちゃうわ。でも、一人じゃ怖くて探しにいけないの。お願い。代わりに探してきてくれない?」


 うるうると目を潤ませて訴えられて、断れなかったのだと言ってヒンドは肩をすくめた。


「いつもはちょっと意地悪で、兄ちゃんに嫌みばっか言う子なんだよ!」

「ふぅん」


 アルムは頷きながら考えた。


(その子からしたらいきなり男の子と同居なんて複雑な気分なのかもな……)


 ヒンドとドミの様子からはいじめられている雰囲気は伝わってこないので、ツンケンした態度を取られていても悪い関係ではないようだ。


「そうだ! アルム様も一緒に行こうよ!」

「え?」


 ドミがアルムの手を引っ張った。


「こら、ドミ。アルム様を困らせるな」

「だって、アルム様がいれば幽霊が出てもやっつけてくれるもん!」


 ヒンドにたしなめられると、ドミはぷくっと頬をふくらませた。


 確かに、幽霊は元はただの瘴気なので、アルムなら光魔法で浄化できる。

 人が死ぬ際に強い未練や執着を持つと、その想いが現世にとどまり瘴気となる。その瘴気が周りの悪い気を取り込んで成長すると、想いの元となった人の姿に変化することがある。これを世間では「幽霊」と呼んでいるのだ。

 ただ、あくまで想いの残滓が形を作っているだけで、本人の魂とか生前の人格はまったく関係ない。

 そして、「幽霊」は瘴気であるからこそ、王都には「いない」のだ。

 何故なら、王都には大神殿があり、聖女がいる。王都で発生した瘴気は大神殿の神官と聖女によって浄化されているのだから、幽霊になるまで大きくはならない。


 なので、幽霊屋敷というのもただの噂であろう。


 だが、ドミは少し怖そうにしながらも目をきらきらさせている。男の子らしく幽霊屋敷の探検という響きにわくわくしているようだ。


(幽霊なんていないけど、暇だし一緒に行ってもいいかな)


 アルムは二人と一緒に幽霊屋敷に向かうことにした。



 ***



 噂の幽霊屋敷は貴族の居住区域の端っこに建っていた。幽霊屋敷という言葉から連想するほどボロい見た目ではなかったが、人が長年住んでいないであろうことは空気から伝わってくる。庭の方は草が伸び放題で荒れていた。


「ここが青沼男爵の館だよ!」

「青沼男爵?」

「庭に大きな池があって、いつも沼みたいに濁ってるからそう呼ばれてたって聞きました」


 ドミの言葉に目を瞬くアルムに、ヒンドが説明してくれる。


「青沼男爵は本当はカミィーヌ男爵って名前なんですけど、顔に大火傷を負ってからは館に引きこもるようになったそうです。不気味な仮面をつけた男爵は世の中を恨んで、夜な夜な人を殺しては執事のサイレントホースと二人で沼に沈めていたんですって。それで、主人と執事は死後も幽霊になって沈める人を探してさまよっているとか……」


 アルムは苦笑いを浮かべた。空き家を見た子供達が作った怪談なのだろう。


「じゃあ、明るいうちにハンカチをみつけよう」


(幽霊なんて出るわけないけど、暗くなる前に二人を家に帰さなくちゃね)


 年上のお姉さんらしい決意と共に、アルムは幽霊屋敷の入り口の前に立った。



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