【第一巻重版御礼ss】幽霊屋敷の謎 2




 ***



「……ふふふ。来たわね」


 家の前に立つ姿を窓越しに窺って、一人の少女がにんまりと笑みを浮かべた。

 空き家で獲物を待ち構えていたのは、ウェーブのかかった黒髪とツリ目気味の緑の瞳を持つ、子猫のような雰囲気の愛らしい少女だ。

 彼女の名はオルラ。ヒンドとドミが引き取られた伯爵家の令嬢である。


「ここが幽霊屋敷だって教えてやったから、きっとびくびく怯えているに違いないわ」

「お嬢様。性格悪いですよ」

「うるさいわね。ちょっと驚かせるだけよ」


 荷物を背負った侍女が呆れながら言うのに言い返し、オルラは拳を握った。


「いきなり現れた従兄弟なんて簡単に認められないわ! 我が伯爵家にふさわしいか試してやらなくちゃ!」


 オルラの言い分に、彼女より少し年上の侍女は溜め息を吐いた。何かとツンケンした態度を取りながらも自分からちょっかいをかけるオルラの態度ははたから見るとわかりやすい。『気になる子に素直になれない』というアレだ。

 いきなり歳の近い異性と一緒に暮らすことになって、それも従兄弟とはいえ大層な美少年だったためオルラが平静でいられないのもわかる。しかし。


「あんまりやりすぎると嫌われますよ?」

「私の方が年上なんだから、姉代わりとして精神を鍛えてやるだけよ」


 年上と言いつつ、口を尖らせてそっぽを向く姿はまるきり子供だ。侍女の方こそ妹分のわがままに付き合う姉代わりの気分で嘆息した。


「単なる嫌がらせでしょうに」

「いいから! 早く準備するわよ!」


 オルラは侍女を急かして背負う荷物を下ろさせた。


 幽霊屋敷に怯えハンカチをみつけることなく逃げ帰ってきたヒンドを「まあ! ハンカチを取ってこれなかったの? 怖がりなのねえ」と笑ってやるのだ。

 そのために持ってきた大荷物から、オルラは男の等身大の蝋人形を取り出した。断末魔の叫びをあげているような形相で口から血を流した、趣味の悪い造形だ。


「なんでこんな人形が地下室にあったんです?」

「私のお祖父様が昔、座長が夜逃げした見せ物小屋を道具ごと買い取って、小屋を潰してお店を作ったのよ。邪魔な道具は地下室に突っ込んだままだってお祖母様がぼやいていたのを覚えていたの」


 この館にも前の住人の荷物が残されている。この部屋は談話してくつろぐ場所だったのか、大きなソファとテーブル、暖炉の上には壊れたバイオリンが捨て置かれていた。


「さ。この人形を吊して首吊り死体みたいにするわよ。縄を出して」

「あ。申し訳ありません、お嬢様。縄を入れ忘れたみたいです」

「ええ? 何やってるのよ!」


 その時、入り口の扉が開く音がした。


「早くしないとこっちに来ちゃうじゃない! どうするのよ」

「あ。このバイオリンの弦を首に巻き付けては?」


 侍女は暖炉の上の壊れたバイオリンから弦を切り取った。

 吊せるほどの長さはないので、急遽「首吊り死体」から「絞殺死体」に変更し吊すのではなくソファに転がしておくことにした。


「よし、次に行くわよ!」


 オルラと侍女はいそいそとその部屋を後にした。



 ***



 その頃、空き屋敷の二階では、三人の男達が惰眠を貪っていた。

 中の一人が、階下から聞こえる足音に気づいて目を覚ます。


「……おい、起きろ。コットー、キーク」


 他の二人を起こして、じっと床下に聞き耳を立てた。


「誰か歩き回っていやがるな。警官隊か?」

「いや、肝試しの子供じゃねえか。足音が軽い」

「どうする? ヨキ」


 彼ら三人は空き巣仲間だ。最近は誰もよりつかない空き屋敷をねぐらに使っていた。


「ちょっと脅して追い払ってこい」

「わかった」


 リーダー格のヨキに命じられて、三人の中で一番強面のコットーが立ち上がった。

 岩のようにゴツくて頰に傷もあるコットーが一睨みしただけで大人の男も腰を抜かす。肝試しのガキどもなぞ、ちょっと脅してやればすぐに逃げていくだろう。


「たく、面倒くせえ」


 音を立てないように階段を下りて、一階の一番大きな部屋に入ったコットーは、ソファに座る人の後頭部をみつけて忍び足になった。


 ここは一発、派手に驚かせてやるか。と、コットーはにやりと笑みを浮かべてソファの後ろに立った。

 そして、真上から勢いよく顔を覗き込んでやった。


「ばあ!」


 不意打ちの攻撃に、恐怖に顔をひきつらせて叫び声を上げて逃げていくだろう。

 そんな風に予想していたコットーだったが、目に飛び込んできたのはまったく違う表情だった。

 かっと目を見開き、眉を寄せてしわを刻み大きく開いた口の端からは一筋の血が流れている。青白い顔に浮かんでいるのは苦悶の表情だ。断末魔の叫びのまま固まった死体の――


「う、うわああああっ!!」


 叫んでのけぞったコットーは、本能的に逃げ出そうとして足を滑らせた。

 もつれた足で体勢を崩したコットーは、倒れた拍子に暖炉に頭をぶつけて気を失った。



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