第45話 怖がらないでほしい…けど怖がってもいい!
***
声が聞こえる。
誰かがエルリーを呼んでいる。
これは、いつも夜になると聞こえる声だ。「エルリー、エルリー」と声が聞こえてくると、闇が騒ぎ出して恐ろしい。
『エルリー……もっとたくさん瘴気を呼ぶのよ。そうしたら、怖いものは全部なくしてあげる』
声はエルリーにそう囁く。泣き疲れてぼんやりした頭に、甘い声が染み込んでくる。
たくさんの知らない人に囲まれて、とても怖かった。あの人達を、全部なくしてもらえる? そうしたら、もう怖くない?
エルリーが闇を受け入れかけたその時、凛とした声が響いた。
「エルリー!」
はっと目を開けたエルリーは、視界に飛び込んできた色鮮やかな光景に息を飲んだ。
大量の花が、空中に漂っていた。
花に目を奪われたエルリーは、一瞬だけ恐怖を忘れて下を見た。
地面に立つ少女が、エルリーを見上げている。
「……あーるぅ」
「エルリー、降りておいで」
アルムが手を広げて言う。
エルリーは迷った。アルムのそばに行きたいけれど、アルムの周りには知らない人がいる。エルリーは両の拳をぎゅっと握りしめた。
***
アルムは地面に手をかざし、大量の花を咲かせた。
そして、咲いた花をすべて空に舞い上げてから、エルリーに呼びかけた。
「エルリー、怖いよね。わかるよ。私もそうだったから」
アルムはゆっくりと語りかける。
「どこに行けばいいかわからなくて、不安で何にも見たくない気持ちはわかるよ。でも、大丈夫。私達と一緒に行こう。大神殿の人は皆……おおむね良い人ばかりだから」
約一名パワハラ外道野郎がいるが、そのことはひとまず置いておく。
「だから、怖がらないで……」
「——いいえ」
不意に、マリスがエルリーを説得するアルムに口を挟んできた。
「怖がらないで……いられるわけないでしょうがぁぁぁーっ!!」
「ええっ!?」
マリスの突然の絶叫に、アルムは仰天した。
「こんな状況で怖くないわけないでしょぉぉっ! ねえ、エルリー! 怖いよね?」
「マ、マリス?」
エルリーに同意を求めるマリスを見て呆気にとられるアルムだったが、マリスの勢いは止まらなかった。
「怖いもんは怖いのよ! 瘴気怖い! 幽霊怖い! だからエルリーも怖がっていていいわ! 一緒に思いきり怖がりましょう!! こっちに来て、ほら早く!! 怖いから私と一緒にいて!!」
「えう……?」
大いに戸惑った様子のエルリーが、マリスの勢いにつられたのか幽霊の腕から抜け出して宙を舞う花に触れた。
『ううっ……』
花に込められたアルムの光の魔力に幽霊が怯んだ。
エルリーが花に触れた次の瞬間、宙を漂っていた大量の花がエルリーを取り囲み、結界と化す。
『うぐぅっ……』
アルムの力が宿った花に阻まれてエルリーに近づけなくなった幽霊が悔しげに呻く。
エルリーが花に触れたら結界が完成するように設定していたのだ。エルリーが無事に結界の中に入ったのを確認したアルムは手のひらを空に向けた。
「エルリーはもう独りじゃないから。安心して消えてください!」
放たれたまばゆい光が、空を覆う瘴気を浄化する。
『うう……うああぁ……っ!』
断末魔のような呻きを残して、幽霊は青空に溶けるように消滅した。
花に包まれたエルリーが、ゆっくりと降りてくる。
地面に着地すると同時に、役目を終えた花は輝きを残して消えた。
「あーるぅ~っ」
アルムは飛び込んできたエルリーの小さな体をしっかりと受け止めたのだった。
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