第44話 決意




『……エ……ル……リー……』


 次の瞬間、嫌な気配が膨れ上がって、アルムは慌てて空を見上げた。

 エルリーを包む瘴気が再び大きくなりつつある。そして、その瘴気はゆらりと形を変えて、女性のような姿になってエルリーを胸に抱き込んだ。


「……レーネ?」


 呆然とした口調でジューゼ伯爵が呟いた。

 エルリーを抱いた女性は、集まってくる瘴気をその身に吸い込んで、徐々に大きくはっきりとした形になっていく。


「あれは、幽霊だ。死の間際に残された未練や憎しみなどの負の気が瘴気となるが、何らかの切っ掛けで瘴気が元の人の姿を取ることがある。そうなったものを『幽霊』と呼んでいる。普通は、そこまで育つ前に浄化されるかもっと強い瘴気に飲み込まれるかするんだが」


 ヨハネスが説明しながら眉をしかめた。


「幽霊……? あれが……」


 オスカーがごくりと息を飲む音がした。マリスも空を見上げて青ざめている。


「出産の際に命を落としたんだったな。子供を残していく未練が負の気となって残ったんだろう」


 そして、ずっとエルリーに取り憑いていたのだ。


『エルリー……かわいそうに。怖いのね……怖いものはすべて闇に飲み込んでしまいましょう。あなたならできるわ』


「なっ、何を言ってる? レーネ!」


 エルリーの耳元に囁くように喋る幽霊に、ジューゼ伯爵が声をあげる。取り乱すその肩をヨハネスが掴んだ。


「落ち着け。あれはただの負の気であって、本人じゃない。生前の人格はなんの関係もないんだ」

「そうです。あれはエルリーの周りに集まった気を取り込んで大きくなろうとしているだけです。周りの気を取り込んで成長し続けるのが瘴気の性質なので」


 ヨハネスの意見にアルムも頷いた。


「たぶん、ずっとエルリーの中に隠れていたんですね。護符などで浄化されないように」


 そして今、たくさんの瘴気を吸収して姿を現したのだ。エルリーにもっと瘴気を集めさせて、より大きく強くなるために。


 アルムはエルリーを腕に囲い込んでいる幽霊をきっと睨みつけた。

 浄化する前に幽霊とエルリーを引き離さなくては。瘴気を取り込むことのできるエルリーの肉体は、幽霊にとっては最高の隠れ場所なのだろう。


 どうしたものかと考えていると、ふらふらと近寄ってきたマリスがアルムの肩をがしっと掴んだ。


「アルム……お願い。エルリーを助けて……」


 マリスの目からぼたぼたと大粒の涙がこぼれ落ちた。


「私、何も知らなかった……あの子はずっとひとりぼっちだったのに」


 生まれたことを祝福すらされずに閉じ込められてきた従姉妹に対しての罪悪感が、マリスを責め苛んでいる様子だった。

 アルムは決意を固めると、ぎゅっとマリスを抱きしめた。


「わかった! 絶対助ける!」


 マリスから体を離すと、アルムは深呼吸をして心を落ち着けた。



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