第40話 思い上がった発言
***
「キラノード小神殿の若き神官シグルド・ニムスと私の妹レーネが恋に落ちて結婚し、子を身ごもったところまでは、皆が幸せだった」
ジューゼ伯爵の声はさほど大きくなかったが、アルム達の耳にも届いた。
「誰もが子供の誕生を心待ちにしていた。マリス、お前も楽しみにしていただろう?」
「……うん。でも、叔母様の具合がよくないからって、途中から全然会えなくなって……結局、亡くなるまで会えなかった」
当時のことを思い出したのか、マリスがうつむいて目を伏せた。
「そう。具合が悪いということにして、皆から遠ざけなければならなかった。臨月が近づくにつれて、レーネの周囲に瘴気が発生するようになったんだ」
伯爵は目を閉じて言った。
「腹の中の子供が瘴気を引き寄せている……闇の魔力を持っていると気づいたシグルドと私は、そのことを誰にも知られないようにした」
「馬鹿な……貴族の血を継ぐ娘が闇の魔力を持つなど……」
オスカーが信じられないといった声を出した。無理もない。
そもそも闇の魔力の持ち主が生まれること自体が滅多にない上に、高位貴族の家に生まれたなんて話は聞いたことがない。高貴な血筋からは闇の者は生まれない、と信じている人間も少なくないのだ。
それは、この国の貴族には多かれ少なかれ、光の魔力を持っていた初代国王と始まりの聖女の血が流れているからだとされている。
「私達も信じたくなかった。だが、いくら祓っても次々に現れる瘴気に、憔悴したレーネは子供を産んで力尽きてしまった。そして、闇の魔力を持つ子供が残された」
伯爵が深く息を吐いた。
話を聞いたアルムはどんどん大きくなっていく黒い塊を見上げながら憤った。
「それで、あんな森の小屋で隠して育てていたんですね。護符で闇の魔力を抑えつけて」
マリスにもエルリーの存在を知らせていなかったのだ。伯爵とニムス前神官長はエルリーが生まれなかったことにして隠して育てることにしたのだろう。
「それ以外に方法がなかったのだ。エルリーの周りには頻繁に瘴気が発生したし、護符がなければ触れることもできない」
うつむいて肩を落とし、伯爵がそう呟いた。
「確かに、闇の魔力は瘴気を引き寄せる。本人の意思で魔力をコントロールしない限り、周りで瘴気が発生し続けるだろうな」
落花生の山から足を引き抜きながら、ヨハネスは頷いた。
「そうだ。成長するごとにエルリーの魔力は強力になっていき、護符がたくさん必要になった。神官長だったシグルドだからこそ大量の護符を手に入れることができたが、彼が亡くなって護符が手に入らなくなり……」
「困り果てて闇の魔導師を探し出したってわけだ」
ジューゼ伯爵の台詞をレイクが締めくくった。
それで、前神官長亡き後に瘴気の発生が増えたのだ。真相が判明して、力が抜けたのかオスカーが一瞬ふらりとよろめいた。
アルムはむすっと口を尖らせた。
事情はわかるが、エルリーの気持ちを考えると納得できない。
(エルリーが悪いわけじゃないのに……)
不安げにアルムにくっついていたエルリーの姿を思い出す。本当なら皆から愛されて可愛がられるべきなのに、闇の魔力を持っていたせいでずっとひとりぼっちだったのだ。
「私ならエルリーに触っても平気だし、どれだけ瘴気が発生しても浄化できます! エルリーは私が連れて帰って、自由な暮らしを与えます!」
アルムはそう決意して言い放った。それが最善だと思ったのだ。
だが、アルムの言葉を聞いたジューゼ伯爵は嘲るように吐き捨てた。
「それでは護符で抑えつけて閉じ込めるのと大して変わらないではないか」
「え……?」
予想外の返しに、アルムは戸惑った。
アルムがそばにいれば、エルリーは自由に暮らせるはずだ。アルムなら闇の魔力の影響を受けないし、エルリーが瘴気を引き寄せてもすぐに浄化できる。
エルリーだって森の小屋に閉じ込められるより、アルムと一緒に行きたいと思うはずだ。護符で抑えつけて閉じ込めるのとは全然違う。
それなのに、ジューゼ伯爵は何を言っているのだろうと混乱するアルムに、膝下にくっつく落花生の殻の滓を払いながらヨハネスが言った。
「アルム。お前と一緒にいないと……誰かに従っていないと生きられないのでは、自由とは呼べないと思うぞ」
アルムははっと息を飲んだ。その言葉に反論できないことに愕然とする。
「聖女だか元聖女だか知らないが、我々の苦労も知らずに思い上がるな!」
ジューゼ伯爵の苛立った声が響いた。
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