第39話 エルリーの正体
***
「ねえ、アルル」
「あ、マリス。目が覚めたのね」
声をかけられて我に返ったアルムは、自分が無意識に落花生を生み出していたことに気づいて照れ笑いを浮かべた。
「いっけない。ついうっかり」
地面からぽこぽこ飛び出ていた落花生を止めて、アルムは心を落ち着かせた。
(落ち着け落ち着け。私はもう聖女じゃないんだから、ヨハネス殿下が何をしていようが関係ない)
自分にそう言い聞かせ、アルムは改めて周りを見た。
膝上まで落花生に埋まったヨハネスと、レイクを押さえながらもう片方の手でエルリーを抱えているオスカー。地面に膝をつき打ちひしがれているジューゼ伯爵。
「いったい、何があったの……?」
「ていうか、アルルは何者なの?」
マリスに尋ねられて、アルムはぽりぽり頭を掻いた。
(光魔法を使うところも見られたし、これ以上はマリスに隠す必要もないか)
アルムはベンチから立ち上がって背筋を伸ばした。視界の端ではヨハネスの周りに集まってきた聖騎士達が落花生を拾い集めている。
「私の本当の名前はアルム・ダンリーク。ダンリーク男爵の異母妹なの」
「アルムって……確か、王都を救ったっていう『聖女アルム』?」
マリスは大きく目を見開いた。
「その通り! アルムは聖女でっ……」
言い掛けたヨハネスの額に、地面からぽこっと飛び出た落花生がぶつかった。
「聖女は辞めたので、『元』聖女だよ」
アルムはにこっと笑っていった。
それとほぼ同時だった。
ぶわっ、と、嫌な気配が膨れ上がり、明るい日差しが遮られて暗くなった。
アルム達を覆うような形で、大量の瘴気が発生していた。
アルムははっとしてエルリーを見た。オスカーに抱えられたエルリーはいつの間にか目を覚ましており、目をいっぱいに見開いてぶるぶると震えていた。
「エルリー……っ」
「ふっ……うええぇぇぇんっ!!」
大声で泣き出したエルリーの体が、オスカーの手から離れて宙に浮かんだ。
そのエルリーの元に、瘴気が集まってくる。
瘴気に包まれながら、エルリーは上へ上へと浮き上がっていく。
「エルリー! 降りておいで!」
アルムが声をかけるが、聞こえていないのかエルリーは下を見ることもなく膝を抱いて丸くなったまま上昇していった。
瘴気はどんどん集まってきて、とうとうエルリーの姿がすっかりくるまれて見えなくなってしまった。黒い瘴気がエルリーを包んで球体状になっている。何かに似ている。
「アルムのウニに似ている……まさか、アルム以外にウニることのできる人間が存在するとは」
ヨハネスがぽつりと呟いた。
「あの子は何者なの? お父様、説明して!」
マリスが伯爵に駆け寄って生え際の毛をむんずと掴んだ。
「いたたた! こら、マリス、放しなさい!」
「説明しなきゃこのまま草むしりするわよ!」
マリスの脅迫に、伯爵は空に浮かぶ黒い塊を見上げて力なく呟いた。
「あの子は、エルリー。私の姪だ。……我が妹レーネと、キラノード小神殿の前神官長シグルド・ニムスの間に生まれた子供だ」
「叔母様の子供……?」
マリスが怪訝な顔で眉根を寄せた。
「叔母様は出産で命を落として、子供も助からなかったって聞いていたのに……」
「ああ。レーネは死んだ。だが、子供は生きていた。闇に呪われながら生まれた子がな……」
悲壮な覚悟を固めたような表情で、ジューゼ伯爵は語りはじめた。
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