第36話 使い魔の声




「マリス?」


 マリスは大きく口を開けて何か言っているのだが、声は聞こえない。檻の外には声が届かないようだ。


『何故……聖女がここにいる?』


 檻の上にとまっている黒い鳥が喋った。いや、鳥ではない。あれも瘴気で作られている。


「使い魔なんて初めて見た……」


 アルムは思わず呟いた。


「ふぇ……あーるぅ……」


 膝の上のエルリーが怖がってアルムの腹に顔を埋めてしまった。その背中をぽんぽんしながら、アルムは辺りの気配を探った。

 使い魔がいるということは、近くに闇の魔導師がいる。


『その子供を置いて去れ』


 鳥が低い声で命令してきた。


(子供? エルリーを狙っているの?)


 アルムはエルリーを抱え直すと使い魔と睨み合った。


『その子供を渡せば、こいつは無事に返してやる』


 使い魔はマリスを捕らえた檻の上で得意げに羽を広げる。マリスには怯えている様子はなく、使い魔に向かって怒っているようだ。


「なんだ? 仲間割れか?」

「縄張り争いかもしれない。どちらが勝っても大沼は闇の魔物の巣窟になってしまう……」

「いや、あの檻に囚われた生け贄の少女を奪い合っているのかも……」


 村人達は口々に言いながら、巻き込まれないように逃げていく。どうも何か勘違いしているようだが、この場から離れてくれるのはありがたいのでアルムは何も言わなかった。


「エルリーをどうするつもり?」

『……わかっているだろう。その子供は普通の人間とは一緒にいられない』


 声がわずかに苦みを帯びた。

 アルムは何か言おうとして、エルリーを見て口を閉じた。エルリーの全身を覆う護符。護符で抑えつけなければ触れられないほど、エルリーの発する闇の魔力が強いという証拠だ。

 アルムのように光の魔力のある人間でなければ、触れているだけで闇の魔力の影響を受けてしまうだろう。


『闇の魔力の使い方を教えてやらなければならない。伯爵もそう考えたから俺を呼んだんだ』

「伯爵が?」


 小屋の前でジューゼ伯爵が男にエルリーを手渡していた光景がアルムの脳裏をよぎった。

 とすると、この声の主はあのローブの男だろう。どこに隠れているのか、姿は見えない。


『わかったら、おとなしく子供を渡し——』

「とりあえず、マリスを放してね。はっ!」


 アルムは手のひらをかざして光を放った。マリスを捕らえる闇の檻が一瞬で跡形もなく浄化される。ついでに檻にとまっていた使い魔も消し飛んだ。


「……は?」

「アルル!」


 どこかから呆然とした男の声が聞こえ、自由になったマリスがアルムの元へ駆け寄ってきた。


「マリス、大丈夫だった?」

「ええ! レイクっていう闇の魔導師に捕まっていたの。……いったい何が起きているの?」


 アルムはマリスのために一度結界を解いてやった。ベンチの傍らに立ったマリスは後ろ手に縛られていたので、光の刃で縄を切ってやる。

 自由になった手を見て、マリスは呆然とした後でアルムに尋ねてきた。


「アルルは、光の魔力が使えるの?」

「ええ、まあ……」

「それに、その格好……」


 アルムがまとう真っ白な衣を見て、マリスが何か言いたげな表情を浮かべる。村人とは違い日頃からドレスを着慣れているマリスの目には、その白い服の生地が上流階級や下級貴族が身につけられるものではないことがわかったのだ。


「アルル、あなたは……」


 マリスは思わずアルムに向かって手を伸ばした。




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