第28話 夜の闇の中で




 ***



 辺りがすっかり暗くなると、アルムは照明代わりに光球を生み出して宙に浮かべた。

 エルリーはアルムが光を生み出すのを目を丸くして見ていた。


「ごめんね。今日は野宿だよ」


 アルムがエルリーの顔を覗き込んでそう言う。エルリーは不思議そうに首を傾げてアルムを見上げた。


 今日のところはみつけてもらえなかったが、アルムは野宿対応可の令嬢なので一晩外で過ごすくらいまったく平気だ。


 ベンチの周りに結界を張り、エルリーを抱っこしてベンチに寝転んだアルムが呟いた。


「明日はみつけてもらえるかなあ……あ、そうだ。空に浮いていた方がみつけてもらいやすいんじゃない? 明日は一日、ベンチごと浮いていようかな」


 無尽蔵な魔力を持っている者にしか言えない台詞である。


「それとも天まで届く光の柱とかの方がみつけやすいか……むにゃ」


 野宿慣れしているアルムは寝つきもいい。すぐにすうすう寝息を立てはじめたアルムに、エルリーは目をぱちぱちさせた。


 水鳥も眠りにつき、辺りには風の音とカエルの声しかしない。いつも夜は護符の貼られた部屋に一人きりで閉じこめられるエルリーは、誰かが眠っている姿を見るのも初めてだった。


 エルリーが知っている人間は三人。食べ物を持ってきたり体を拭いたりする老女と、時々顔を見せるだけの「旦那様」と呼ばれている男。

 あと一人。いつもエルリーを悲しそうな目でじっとみつめる男は、ここのところずっと姿を見せない。老女も「旦那様」も極力エルリーに触れないようにしているが、この男だけはいつもエルリーを抱き上げたり膝に乗せたりしていた。去り際には抱きしめられて頭を撫でられ、「エルリー」と名を呼ばれた。


 目の前で眠っている少女はその三人とはまったく違う生き物のようにエルリーには感じられた。エルリーを抱き上げる男はいつも悲しそうで、他の二人は何かを恐れるようにしか触れてこなかったのに。アルムは何も怖くない様子でエルリーに触れ、平然と話しかけてくる。こんな人間を、エルリーは知らなかった。


 初めての屋外、初めての経験に驚いているエルリーは目がさえて全然眠くない。眠っている間にアルムが消えてしまったらと思うと目をつぶることすらできない。


 それに、夜になると瘴気が昼間よりも勢いを増す。

 護符に囲まれた部屋にいても、エルリーにはわかった。外で何かが自分を求めて蠢いている。呼んでいる。

 それは日に日に近づいてきているような気がしていた。


 今夜、エルリーは小屋の外にいる。

 この機会を逃すまいと闇が手を伸ばしてくるようで、エルリーは怯えてアルムにしがみついた。

 やがて、エルリーの耳にざわざわと闇のざわめきが聞こえてくる。ぎゅっと目をつぶって無視をしても、声はだんだん大きくはっきりしてくる。


 エ……ル……リー……エル……リ……


 何かが呼んでいる。エルリーはぶるぶると震えて頭を抱えた。

 次の瞬間、


「うーん……うるさい」


 眠っているアルムが、目を閉じたまま無造作に腕を振った。

 アルムの手から放射状に放たれた光が、エルリーに迫ってきていた闇をあっさりと打ち払った。


「むにゃ……よはねしゅでんかのばーか……」


 エルリーは目を開けた。アルムは何事もなかったようにぐっすり眠っている。


 静かになった夜の闇の中で、エルリーは目をぱちぱち瞬かせていた。



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