第29話 不安と筋トレ




 ***



 アルムが闇の魔力を持つ子供と共に行方不明。


 事実を述べると大変猶予のならない事態であるかのように思えるが、「まあ、アルムだしな……」とついつい楽観的に考えてしまう。

 行方がわからないことに関しては心配だし早くみつけてやりたいと思うが、屋根のない場所で夜を過ごしているのではないかというサバイバル的な方面では心配の気持ちがあまり湧いてこない。何せ、廃公園で生き生きとホームレス生活を楽しんでいたのを知っているので。おそらくどこかで結界を張ってベンチに寝転んでいるのだろう。

 ベンチが飛んでいった理由がわかったヨハネスは、応接間の窓から夜の闇を眺めた。すっかり暗くなってしまったのでアルムを捜すのは朝日が昇ってからと決め、ガードナーから話を聞いたりオスカーに説明したりしていたのだ。


「アルムと一緒に吹っ飛んでいったというその子供が、闇の聖女とやらなのか?」


 ヨハネスは眉をひそめた。そもそも闇の聖女なんて言葉は聞いたことがない。たぐいまれな光の魔力を持つ少女を聖女と呼ぶように、強い闇の魔力を持つ子供を闇の聖女と呼び奉り上げるつもりなのだろうか。


「とにかく、伯爵が目を覚ました後で話を聞かせてもらおう。何か知っているに違いない」


 伯爵夫人にも話を聞いてみたが、彼女は何も知らないようだ。

 夫が倒れた上に娘がさらわれたと知った婦人は動揺していたが取り乱すことはなく、ヨハネスの質問にもしっかり答えていた。


(ようやくアルムに会えると思ったのに……)


 再会が先延ばしにされて、ヨハネスは小さく溜め息を吐いた。


「なに、心配するな。アルムならたいていのことなら自分でなんとかできるだろう。子供もおそらくはアルムと一緒にいるだろうし。心配ない」


 ヨハネスの溜め息をアルムの身を案じてのものと思ったのか、ガードナーが肩に手を置いて励ます。


「しかし……その子供をみつけたとして、我々はどうしたらいいのでしょう。要求通りに引き渡すわけにはいきませんし」


 オスカーが難しい顔でぽつりと漏らした。

 マリスを救出しなければならないのはもちろんだが、子供を闇の魔導師なんぞに引き渡すわけにはいかない。


「うむ。とにかくまずはアルムをみつけて子供を保護し、マリスを助けなくてはな! よし! 不安を吹き飛ばすためのストレッチだ! 両手を頭の後ろに回して足は肩幅に開いて腰を落とす!」


 ガードナーが筋トレをはじめる。


「ガードナー殿下……マリス嬢を人質に取る卑劣な闇の魔導師への怒りを抑えきれないのだな……」


 感極まったように呟くオスカーに「こいつはただ筋トレしたいだけだ」と真実を告げることができず、ヨハネスは無言で目をそらした。



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