第24話 元ホームレス聖女、再びホームレス状態になる。




 ***



 腕の中で子供が身じろぐ気配がして、アルムもうたた寝から目を覚ました。


「ふわあ……あ、おはよう。怪しい者じゃないから泣かないでね」


 女の子はぱちぱちと目を瞬いてアルムを見上げた。その瞳はエメラルドのような鮮やかな緑色だった。


「えーと、とりあえず浄化」


 アルムは女の子に浄化をかけてみた。すると、ぼさぼさでくすんでいた髪が本来の明るい金色を取り戻した。垢じみて汚れていた顔も綺麗になって、女の子がたいそう整った顔立ちであることが判明した。


「うーん。服もなんとかしてあげたいけど……」


 きちんと髪を梳かして明るい色のドレスを着せれば、びっくりするほどかわいくなるはずだ。


「赤とかピンクとか、青や黄色も着せてみたいな〜」


 王都の服屋で見た色とりどりの服を思い浮かべて、それを小さくして目の前の女の子に着せるのを想像した。どれが似合うかな、と考えるだけで少し楽しい。

 ウィレムとミラもこんな気持ちでアルムの服を選んでいたのだろうかと思うと顔がほころんだ。


「私はアルム。あなたのお名前は?}

「……え……り」

「襟?」


 アルムが首を傾げると、女の子は今度ははっきり「エルリー」と言った。


「エルリー……エルリーっていうのね」


 女の子はこくこく頷いた。自分の手が綺麗になっていることが不思議なのか、しきりに服にこすりつけている。


「ねえ、エルリー。どうしてジューゼ伯爵はエルリーを……」


 尋ねようとしたアルムの言葉を遮って、エルリーのお腹からぐうう〜と大きな音がした。


「お腹すいてるのね。ちょっと待ってて」


 アルムはバッグの中に手を突っ込んだ。

 このバッグには、大神殿時代のアルムがやむなく放り込んだ料理の数々がそのままの姿で保存されている。

 なので、予期せぬホームレス生活が始まってもアルムが食べ物に困ることはない。


「パンとシチューでいいか。はい、どうぞ」


 バッグの中から湯気の立つ料理を取り出されて、エルリーはきょとんと目を丸くした。


 遭難した時はむやみに動き回らずに救助を待った方がいいと何かの本で読んだ気がする。

 なので、アルムは誰かが捜しにきてくれるのを待つことにした。ガードナーとマリスは今頃アルムを捜してくれているに違いない。


 アルムの隣に座るエルリーはシチューを平らげて今はパンをちまちまかじっている。

 あれほど盛大に泣いていたのが嘘のように、名前以外は一言も喋ろうとしない。


 アルムも湖に集まる水鳥を眺めながら、もくもくとパンを食べていた。


(物を浮かせて移動させるのと、自分が飛び回るのは勝手が違うんだよね。浮くだけならできるんだけど、鳥みたいには飛べないなあ)


「浮く」と「飛ぶ」の間には大きな違いがあるようだ。


 そんなとりとめのないことを考えていると、膝の上に小さな重みが乗っかってきた。

 パンを食べ終えたエルリーが、アルムの膝にすがりつくようにして顔を埋めていた。


(あ……)


 アルムは唐突に気がついた。

 エルリーは、幼い頃の自分と同じだと。

 アルムもまた、幼い頃は泣いたり感情が高ぶったりすると光の魔力を放ってしまっていた。それに、男爵家の別邸でほとんど一人でぼんやりと過ごしていた。


(もしかして、この子もひとりぼっちなの? お父さんとお母さんは?)


 同じく大きな力を持っていても、アルムは光の魔力だったから丁重に扱ってもらえた。だけど、もしもそれが皆に恐れられる闇の魔力だったら——


 まるでエルリー自身を封じ込めるように厳重に縫いつけられた大量の護符。


 アルムはなんとも言えない気持ちになって、エルリーの頭を優しく撫でた。



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