第25話 オスカー・キラノードの憂鬱
***
「——光よ、闇を祓いたまえ!」
取り出した水晶を指に挟み、集中して魔力を流す。
十分に力が貯まったのを確認して、ヨハネスは呪文と共に水晶を瘴気に叩きつけた。
黒い影は霧散し、消滅する。
ヨハネスはふーっと息を吐き、鎖を引き戻して水晶を懐に仕舞った。
光の魔力を持っているとはいっても、ヨハネスでは聖女のように手をかざすだけで浄化することはできない。一般的な光の魔力を持つ神官と聖女の魔力量はコップと風呂桶ぐらいの差がある。
神官はなんらかの魔力を貯める道具がなくては瘴気を浄化できないのだ。
使う道具は指輪やら杖やら人によって様々だが、ヨハネスは細い鎖の先に水晶を取りつけたものを使っている。
なんの道具も使わずにヨハネスに光の塊をぶち当ててくるキサラがいかにすごいことをしているか、ヨハネスにはよくわかっている。同時に、無駄使いするだけの魔力量があってうらやましいとも思う。
「素晴らしい。さすがですね」
見学していたオスカーが拍手をする。魔力のないオスカーにはヨハネス程度でも感心に値するらしい。
「なんでこんなに明るい街道に瘴気が発生するんだ」
急ぐ旅路を邪魔されて、ヨハネスはチッと舌打ちした。
「ジューゼ領が近いので、これも最近の異変の影響でしょう」
オスカーの言葉に「そうか」と応えて、ヨハネスはきびすを返した。
「すぐに出発するぞ」
少し離れて待機していた馬車と護衛達にそう命じたが、返ってきたのは馬が瘴気に怯えて動かなくなってしまったという報告だった。
仕方がなく、馬が落ち着くまで休憩をとる羽目になった。
ヨハネスは渋々と街道脇の木陰に腰を下ろした。オスカーも近くに座る。
「やはり神官は光の魔力がある者がなるべきですね。私など神官長の器ではないのに、伯爵家出身が私だけだったばかりに……」
オスカーが溜め息と共にぼやいた。
「神官長になりたくなかったのか?」
「神官になるのも嫌だったんですよ、本当は」
肩をすくめてオスカーが言う。
「でも、領地に小神殿を抱えている家として、キラノード家では必ず誰かが神官にならなければいけないと決められているんです。領地に小神殿を有しながら神官を出さないという誹りを受けないために。なにより、小神殿への影響力や繋がりを維持するために」
そんな見栄だか意地だかのために、なりたくもない神官職を押しつけられ、ついには神官長にまでなってしまったと愚痴るオスカーに、ヨハネスは「なるほどな」と呟いた。
嫌と言いつつも大神殿の力を借りるために王都まで直談判にやってくるのだから、根が真面目なのだろう。
「俺はジューゼ領に立ち寄るが、お前は先に小神殿に帰っていいぞ。部下達が心配だろう」
「いいえ。私も一度神官長としてジューゼ伯爵に挨拶しておかなければと思っていたので、ちょうどいいです」
キラノード家とジューゼ家は領地が隣同士なので、何かと付き合いがあるのだろう。確かに挨拶はしておいた方がいい。
「そういえば、ジューゼ伯爵の妹君がニムス前神官長と結婚していたはずですよ」
「へえ」
初めて聞く話だが、大して興味のないヨハネスは生返事で聞き流した。彼の頭の中は「早くアルムに会いたい」だけでいっぱいなのだ。
「詳しくは知りませんが、出産の際にお子様ともども命を落とされたとか……私が神官になる前なので、五年くらい前の話ですかね」
「ふうん」
適当に相槌を打ちながら、ヨハネスは木に寄りかかって空を見上げた。
(アルムはなんでベンチを引き寄せたんだ……? ガードナーと共にジューゼ伯爵家に滞在しているのなら、ベンチなど必要ないはず……まさか、またホームレス状態になっているんじゃあ……)
「いや、そんなわけないよな」
自分で自分の思考を「ははっ」と笑い飛ばし、ヨハネスはもうすぐ会えるはずの少女の姿を思い浮かべた。
そんなまさかな想像が実は当たっているのだが、この時のヨハネスには知る由もなかった。
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