第20話 闇の魔力
***
アルムは最初、それを大きな毛玉だと思った。
男の腕の中で毛玉はもぞもぞと居心地が悪そうに動いていた。それを見て、次に毛の長い犬か猫かと思った。
だが、その何かは毛の間から短い腕を突き出して暴れはじめた。
すると、信じられないことに男がそれをためらいなく放り投げたのだ。
地面に落ちるかと思いきや、それは空中でぴたりと止まり、何もない空間に浮かんだ。
長くぼさぼさの、一度も櫛を入れたことのないような荒れた毛。その毛の間から突き出た小さな拳のついた細い腕。
それは小さな子供——三、四歳くらいの女の子だった。
「ふえっ……」
女の子は空中に浮いたまま、ぶるぶると全身を震わせた。そして、何かに耐えるようにぎゅっと縮こまる。
「やばいっ! 逃げろっ!」
男が叫ぶのと同時に、アルムも本能的に察知した。女の子が何をしようとしているのかを。
「ふえっえええええんっ!!」
女の子が爆発するように泣き出した。
アルムはとっさに馬から飛び降りて、女の子に駆け寄り手を伸ばしていた。
女の子の全身から噴き出した黒い闇の魔力を、アルムは光の魔力で包み込むように打ち消した。
闇と光がぶつかった刹那、互いに打ち消しあった反動で魔力は強い風となって周囲のものを吹き飛ばした。
「うわっ……!」
突風に驚いた馬が暴れ出して、ガードナーは振り落とされる寸前に飛び降りた。
「アルム!」
ガードナーが叫ぶ。強い風圧に目を開けていられず、彼には何が起きているのかわからなかった。
「うええええんっ! わぁ〜んっ!」
女の子はアルムの腕の中で身をよじって泣き続ける。その度に女の子の全身から放出される魔力を抑えるために、アルムも魔力を出し続けた。光と闇のぶつかり合いで生まれた風の力で、二人の体は空高く舞い上がった。
「くっ……ちょっと、泣きやんで!」
女の子が闇の魔力の放出をやめないので、アルムも必死に抑え続けるしかない。普通の人間がこれほど強大な闇の魔力を浴びたらただではすまない。
(この子……ものすごい闇の魔力の持ち主だ!)
瘴気を浄化し人を癒す光の魔力とは反対の力。瘴気を自由自在に操り人を蝕む闇の魔力を持つ者が存在する。
(そうか。さっきの瘴気はこの子に引き寄せられたんだ)
闇の魔力は瘴気を引き寄せる。中には引き寄せた瘴気をその身に吸収して魔力に変えることができる者もいると言われている。
だが、闇の魔力を持つ者は光の魔力を持つ者よりはるかに少なく、また迫害を恐れて魔力があることを隠すのが普通であるため闇の魔力についてはわかっていいないことが多い。闇の魔力を持っていても使い方がわからず自滅してしまうこともある。王弟サミュエルの復讐によって王宮を覆った瘴気が十年かけて集められたように、闇の魔力の持ち主とはいえ一度に大量の瘴気を扱うのは難しい。
(でも、この子はたぶん瘴気を吸収して自分の魔力に変えることが自然にできている。生まれつきの才能かも……)
とにかく、今は魔力を放出する女の子をなんとかしてなだめなくてはならない。とはいえアルムは子供のあやし方など知らなかった。
「お、落ち着いてー! よしよーし、大丈夫だから!」
魔力のぶつかり合いによって起こる風の力で空中を漂いながら、アルムは必死に女の子を落ち着かせようとした。
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