第19話 伯爵の秘密
***
早く済ませて戻らなければならない。
目的の場所に向かって馬を走らせながら、ジューゼ伯爵は苦虫を噛み潰した表情を浮かべた。
突然、宰相の名で「第二王子を送るから適当にもてなせ」と命令がきたと思ったら、翌日には本当に第二王子本人がやってきたのだ。
表向きは「見合い」の申し入れだったので伯爵家ごときが断ることはできなかっただろうが、それにしたって少しぐらい準備する時間を与えてほしかった。
第二王子が森の中を探検するとも思えないが、万が一ということもある。あれだけは、誰にも見つかってはならない。
「ジューゼ家を守るためだ。あの子は、葬らなければならないのだ……」
ジューゼ伯爵は手綱を握る手に力を込めてそう呟いた。
ほどなくして、森の中にぽつんと建つ一軒の小屋が姿を現した。
だいぶ昔に、ジューゼ伯爵家の森番が使っていた小屋だ。別の場所に新しい家を建ててからは使われておらず、そこに小屋があることは伯爵と一部の使用人しか知らない。
小屋の前で馬から降りると、伯爵は扉を叩いた。中から出てきた老女が不安そうな顔で伯爵を中に通す。
「お食事に薬を混ぜて食べさせました。しばらくは目を覚まさないはず……」
「……そうか」
伯爵はふっと息を吐いた。
「悪く思うな。お前はここでは生きていけないんだ」
そう言って、寝台の上で眠る存在に手を伸ばした。
***
「おーい、マリス嬢!」
森の手前で追いつき、ガードナーがマリスを呼んだ。
「危険だから戻るがいい」
「でも、お父様がっ」
マリスは困惑気味に言い返してくる。
「伯爵は俺とアルルがみつけて連れ戻そう。約束する」
「……いいえ。何故、父が森へ入ったのか、目的が知りたいので」
マリスは引き返すつもりがないらしく、まっすぐ前をみつめて言った。
「最近、父の様子がおかしかったんです。友人を亡くしたせいかと思っていたのだけれど……」
「友人?」
「はい。キラノード小神殿の神官長だったニムス様は時々父を訪ねてくださっていました。ですが、ふた月前に急にお亡くなりに」
マリスとガードナーは森の中で馬を走らせながら普通に会話しているが、アルムは木にぶつかりそうで怖くて目をぎゅっとつぶっていた。
「ニムス様は亡くなった叔母様……父の妹と結婚していたので父にとっては妹に続いて義弟を亡くしたことに……」
「お。あれを見ろ」
ガードナーが木々の向こうに古びた小屋らしきものをみつけて声をあげた。
「小屋の前に誰かいる?」
「ジューゼ伯爵か?」
マリスとガードナーは少し離れたところで馬を止め、木の陰から様子をうかがった。
小屋の前に立っているのは伯爵ではなく、黒いローブ姿の男だった。小屋の扉は開いていて、男は何かを待っているようだ。
アルムも目を開けて辺りをきょろきょろ見回した。
(そういえば、さっきの瘴気はどこに行ったのだろう?)
瘴気が自然に消滅することはないので、この森のどこかに潜んでいるはずだ。おそらくこの辺りに吸い込まれたと思うのだが、どこにも瘴気らしき影は見えない。
「あ」
マリスの声に視線を小屋に戻すと、ジューゼ伯爵が扉から出てくるところだった。伯爵は腕に何かを抱えていた。荷物のようなそれを、歩み寄ってローブの男に手渡す。
その時、マリスが木の陰から飛び出して父親の元へ馬を走らせた。
「お父様! 何をなさっているの?」
突然のマリスの登場に、伯爵はぎょっと目を見開いた。
マリスに続いてガードナーも木の陰から出てくると、伯爵は馬上のガードナーを見て青ざめてうろたえだした。
「な、何故ここに……」
明らかに様子のおかしい伯爵に対して、ローブの男は舌打ちを漏らすとマリスの馬の横を通り過ぎようとした。
だが、そのとき、男の腕に抱かれていた荷物のようなものがもぞっと動いた。
「……ふ」
男がぎくりと動きを止めた。
「やべえ、もう起きた……っ」
「ふ……ふ、ふええええっ!!」
男の焦った声に被さるように、甲高い泣き声が森中に響きわたった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます