第17話 馬上




 ***



 てっきり馬車で行くものだと思っていたのに、館から出たアルム達の前に現れたマリスは馬に乗っていた。


「天気もいいですし、馬に乗りませんか?」

「マリス! お前はまたそんなはしたない……」


 ジューゼ伯爵は娘の行動にあたふたとすっ飛んでくるが、マリスはどこ吹く風でお小言を受け流している。昨日のドレス姿とは違い、乗馬服を着ているマリスを見てアルムは驚いた。令嬢が馬に乗るだなんて王都ではきっと眉をひそめられるだろうが、マリスは背筋を伸ばして堂々としていた。

 ガードナーはマリスの申し出に二つ返事で頷いて、マリスが連れてきた馬にまたがった。


「マリス! いいか、南の森には近づくんじゃないぞ! 万一、瘴気が出たら……」

「はいはい、大丈夫よ。アルルは馬に乗れる?」

「うえ?」


 アルムはもちろん馬には乗れないし、たぶん怖くて馬を浮かせてしまう。

 でも、馬上からの景色には少し興味があった。



 ***



「ふわあ〜……!」


 アルムは馬上から見渡す風景に感嘆の息を漏らした。


「アルルは馬に乗るのは初めてか! 風が気持ちいいだろう!」


 横に並んだガードナーがキラリと白い歯を光らせて笑う。


「私は別にかまわないんだけど、アルルは殿下に乗せてもらった方がいいんじゃないの? 王子様に馬に乗せてもらうなんて、女の子の憧れでしょうに」


 マリスの言葉にアルムはぶるぶると首を横に振った。


 アルムはマリスの馬の後ろに乗せてもらい、横座りでマリスにしがみついている。ガードナーだと筋肉がモリモリすぎて、しがみつこうにも腕が回らなさそうだし、どこを掴めばいいかわからない。


 うっかり馬を浮かせてしまわないように気をつけながら、かっぽかっぽとリズミカルな振動に身を任せる。二頭の馬の後ろからは数人の護衛の兵士がついてきていた。

 ジューゼ領は小さいので領都と呼べるような大きな街はなく、大小八つの村があるとマリスが説明した。


「これから向かうのは一番大きなフェルメ村です」


 マリスが向かう方向を指さすと、背後を進んでいた一団の中から伯爵家の護衛が抜け出てマリスと馬を並べた。


「お嬢様。フェルメ村は南の森に近いです。他の場所に……」

「あら、大丈夫よ。南の森に近いってことはキラノード小神殿にも一番近いってことだもの。何かあったら神官が駆けつけてくれるわ。それに、森の中に入るわけじゃないから平気よ」


 マリスは護衛の忠告を振り切るように馬の脚を早めた。


 護衛が追いかけてきて、さらに言い募ろうとした時だった。


 不意に日が陰って、アルムは空を見上げた。

 黒い霧のようなものが、青空を滑るように飛来するのが見えた。



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