第16話 不吉




 ***



 森の中。

 大きな黒い塊がある。瘴気の塊だ。

 どこからともなく、瘴気が次々に塊に引き寄せられて集まってくる。


 塊はどんどん大きくなる。


 どんどんどんどん大きくなって——破裂して、瘴気が周囲に撒き散らされた。



 ***



 はっと目を開けると見慣れぬ天井が見えた。一瞬混乱しかけて、伯爵家にきていることを思い出す。

 寝台に上半身を起こすと、音もなく入ってきた伯爵家の侍女がカーテンを開け、温かいお茶を用意してくれた。

 そこでようやくはっきり目の覚めたアルムは、夢の中の光景を思い出して首を傾げた。


(なんであんな夢を見たんだろう?)


 あれほど大きな瘴気の塊が破裂したら、きっととてつもない被害が出るだろう。その前に、あんなに成長するまで瘴気が放っておかれることなどありえない。


「何か不吉な予知夢だったりして。なんてね」


 身支度を終えたアルムは、愛用のバッグを肩に下げて部屋を出た。



 ***



 その頃、アルムにとっての不吉の塊が大神殿を発とうとしていた。


「では、行ってくる。後のことは頼んだぞ。キサラは慎重に準備を整えて確認を重ねて安全を確かめた上で無理せずゆっくり来るように」

「なんだかむしょうに腹立たしいのは何故かしら? できる限り早く駆けつけますわ」

「馬鹿野郎! 侯爵令嬢らしく余裕をもってあくせくせず鷹揚な態度でこまめに休憩を挟み優雅にお茶でも飲みながら来るんだ! 絶対に急ぐな!」


 昨日からの態度をいぶかしむキサラに不条理な命令を残して、ヨハネスは馬車に乗り込んだ。


「よし、ジュー……キラノード領へ向けて出発だ!」


 ヨハネスが乗る馬車が動き出すと、オスカーの乗るもう一台の馬車も後に続く。二台の馬車を囲むのはオスカーが連れてきた小神殿の護衛騎士とヨハネスを護る聖騎士達だ。

 立派な馬車を威厳ある騎士達が護る荘厳な雰囲気に、一行が通り過ぎるのを目撃した人々は心打たれた。


 ただし、その馬車に乗っている男の脳内は「初恋の少女との再会」でいっぱいで、荘厳さの欠片もなかった。



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