第13話 ジューゼ伯爵令嬢





 ***



 第二王子の一行がジューゼ伯爵家に到着すると、エントランスの前で伯爵夫妻と使用人達が並んで馬車を迎えた。


「ようこそいらっしゃいました〜第二王子殿下〜! このジューゼ領の領民一同、心より歓迎申し上げます〜!」


 腹の出たあまり威厳のない男がジューゼ伯爵らしい。馬車を降りたガードナーの前にやたらと大袈裟な身振りでひざまずいた。


「うむ。世話になるぞ」

「はい! もうお好きなだけごゆっくりお過ごしください!」


 ジューゼ伯爵はにこにこと笑みを浮かべているが、よく見ると顔色が悪い。冷や汗を掻いてしきりに額を拭っている。


 アルムはガードナーの背後できょろきょろ視線を動かした。見たところ、令嬢の姿がない。


「こちらは俺が行儀見習いで預かっている娘で、アルルという」


 ガードナーに紹介されて、アルムはぺこりとお辞儀をした。

「聖女アルム」の名を聞いたことがある人間もいるかもしれないとガードナーが言うので、行儀見習いで第二王子の宮に預けられた上流階級の娘という設定で偽名を使うことにしたのだ。

 別に正体を隠したいわけではないのだが、「聖女」がいるとわかったらその力を求めて人が押しかけてくる可能性もある。正確には、アルムは「元聖女」だが。


 屋敷の中に通され、応接間に案内される。ガードナーは大きなソファにゆったりと腰掛けた。悠々とした態度には王族らしい余裕が感じられる。アルムはその横の一人掛けのソファにちょこんと座った。

 貴族の娘が行儀見習いとして王宮に上がるのは結婚相手を探す目的であることが多い。対して、貴族籍のない娘が行儀見習いに上がるのは、新たに貴族の一員になるための準備だ。養女になる、あるいは嫁入りする前にルールやマナーを学び、他の貴族に顔を覚えてもらう。

 なので、行儀見習いと名乗れば基本的には貴族と同等の扱いをしてもらえる。アルムもガードナーの隣でお茶をいただいた。


「え、えーと、ガードナー殿下……あの〜、その〜、娘なのですが……」


 ジューゼ伯爵が歯切れ悪く切り出す。


「本来であれば、そのぅ、ご挨拶をするべきなのですが……えっと、実は少々具合を悪くしておりまして……」

「うむ、そうか。ならば無理をしなくてよい」

「へへぇ……そう言っていただけると……」


 ジューゼ伯爵はあからさまに安心したように肩の力を抜いた。


「そうだ! 見舞いをさせてもらおうか」

「うひぇっ! いえいえいえ! 娘は殿下にみっともない姿を見られたら恥ずかしくて死んでしまいます!」

「病気の時は気にすることはない! 俺に会うのは気が進まないのなら、こっちのアルルに会ってもらおう! いい友達になれるかもしれない!」

「いやいやいや! 本当に間に合ってますんで!」

「はははは! 遠慮するな! 行くぞ、アルル! 俺についてこい!」

「お待ちください! 止まって……おのれ、行かせるものか!」


 令嬢の元へ突撃しかねないガードナーを必死に止めるジューゼ伯爵の横で、伯爵夫人が「ふっ」と息を吐いて肩をすくめた。


「あなた。もう諦めなさいな」

「お、お前……」

「王家に偽りを申す罪をこれ以上重ねるべきではないわ。本当のことを言いましょう」


 あわあわと慌てふためくジューゼ伯爵にかまわず、伯爵夫人はガードナーに向かって頭を下げた。


「まことに申し訳ありません。娘のマリスは実は……」


 その時、ぱたぱたと軽い足音がして、さっと鮮やかな空気が応接間に吹き込んできた。


「ようこそいらっしゃいました、王子殿下! ジューゼ伯爵の娘、マリスと申します!」


 薄桃色のドレスを軽やかに翻し、溌剌とした表情の少女がカーテシーをした。後ろで一つにくくった茶色の髪がさらっと揺れる。


「あら、マリス。部屋に立てこもるのではなかったの?」

「お母様ってば。私も家と領民のために生きる貴族の端くれよ? 見合いを嫌がって閉じこもったりしないわ」

「マ、マリス、お前、今朝は部屋の扉を開けずに『見合いなんて嫌って言ったでしょ! お父様のバーカバーカ生え際危機!』ってさんざん暴言を吐いて……」

「いやだわお父様! 乙女心は変わりやすいのよ!」


 マリス・ジューゼはにこにこ笑顔で父親の背中を蹴り飛ばした。


「うむ! なかなかいい蹴りだ!」


 ガードナーが褒める。

 王子相手に見合いが嫌で閉じこもるなど、ありえない不敬だ。ジューゼ伯爵が青くなっていた理由もわかる。

 何故か気が変わったらしいマリスはご機嫌な様子で婦人の横に座った。



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